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 その日も、あさきは学校に集まって、皆で劇の準備や稽古をしていた。  演者の生徒達は、本読みと物語の把握を終え、シーンごとの稽古に入った。実際の舞台を想定した動きもつけながら、演じていく。台詞のなかった生徒達は、前もってリアクションを練習したり、アイデアを出し合ったりしていたので、彼らは生き生きと皆を導いた。演出係の生徒達はその動きを見て、演者の生徒達と、色々と案を出し合う。 「さっきのは、もっと、こう、くるっと回るとかした方がはえるんじゃない?」  台本を片手に、演出係の岡田が、松野の登場シーンに意見する。 「だめ、だめ。彼女は、そういうイメージじゃない。彼女は、本来自分を誇示するタイプじゃないの。最初の登場での誇示は、いろんな気持ちがあってしてるの。そこを目立たせたいの」  松野が首を振る。普段話しているときから、松野の声や動作は演劇のようになっており、真剣さが窺えた。松野は、「参加する」と決めてから、積極的に意見するようになった。あさきはそれが嬉しかった。松野の意見は頼もしかった。 「うーん。抑えつつ目立つ動きかあ」 「じゃあ、こういうのは?」  あさきが考え込むと、岡田が、わずかに体をターンさせた。そして腕を組み、あごをついとあげて、意味ありげな視線を王と王妃の役である、坂本と北によこした。岡田の熱演に、周囲から「おお」と賛同の色をした声があがる。 「うーん悪くないけど。でも、少し違う。彼女は、国王や王妃をただ自分の都合で、恨んでいるとか、腹いせのように呪うことを楽しんでいるんでもないの。だから、あまりこう、悪役ですとわかるような身振りをつけたくないのね」 「でも、舞台映えとかもあるし」  同じく演出係の沢が、困ったように言う。 「動かない分、衣装で工夫してもらう? マントとかあれば、それだけで目立つし」 「マントはイメージが先に出来ているから、少し。私、自分でこの役を作り上げたいの」  松野は、何か納得がいかないようだった。譲らない松野に、岡田たちが困り顔をした。その時、あさきの手の中のスマホが震えた。設定していた時間が過ぎてしまった。前に歩み出た。 「ごめん。時間がきたから、ちょっと一回、次のシーンに行っていいかな? また話し合おう」  あさきの言葉に、松野は眉をひそめた。申し訳なかったが、時間が押していた。 「いいわ。他に進んでちょうだい」  台本を柏手を打つように閉じ、松野は教室の隅に行った。岡田と沢らは顔を見合わせた。あさきは、二人の肩を励ますように叩くと、声をあげた。 「じゃあ、次のシーンの役者さん。入ってください」  早愛や坂本、北が入ってくるのを見ながら、あさきは松野の方へ歩み寄った。松野は椎名に肩を抱かれていた。 「松野。演出のこと、ちゃんとまた後で話すから」 「ほっといてよ」  畑があさきをにらんだ。あさきはしゃがんで、自分の台本を見せた。そこには松野の意見がびっしりと書き込まれていた。 「ちゃんと考えるから。皆も、松野の気持ちわかってるよ。大事なんだよね」  松野だけじゃない。皆、自分の役や係に対して、愛着を持っていた。松野の否定に対して以前のようにうんざりするだけでなく、共感する声もたくさんあがってきていた。 松野の言葉ひとつひとつには、松野の役への深い思い入れを感じさせた。松野はきっとこの舞台で、一人の人生を作り出したいのだろう。それなら、それが出来るように頑張りたかった。  松野は、ゆっくりと顔を上げ、あさきを見返した。初めてのことだった。松野の不安や疑いの目をしっかり見つめ返し、頷いた。松野はまたすぐ視線を伏せてしまったが、あさきは十分だった。  稽古の合間をぬって、あさきは他の係の活動にも顔を出した。彼らは一心に机に向かいデザインを書いたり、材料の調達の算段をつけたりしていた。 「これが、出来たところ」 「糸車、かっこいいね!」  デザイン画を見て、あさきが感嘆の声を上げた。まず四角の線であたりをつけてから、その中に円を書いてあり、緻密で立体的だった。デザインを書いた秋田が照れくさそうに笑った。 「やっぱ、これが一番大事だから」 「あとは色だけど」 「不思議な色がいい。こういう感じ」  谷がデザインをのぞき込んで、うーんと唸る。久岡が色鉛筆を数本持ち出し、違う紙に色を重ねて見せた。 「おー! きれい」 「いいけど。それペンキでできるか?」 「そこは、塗り方と、紙はったりして工夫すればできるんじゃない?」  図工の得意な谷が、久岡の案をはきはきと後押しする。説得力のある様子に、皆が勢いづいた。 「早く作りたいなあ」  秋田が言いながら大きくのびをした。あさきはノートを片手に頷く。 「すごい出来上がるの楽しみ。材料の方はどうかな。段ボールとか足りそう?」 「ああ、どうだろ。谷がいるし、大事なものはいけるとは思うんだけど」 「でも、ちょっと心配かも。大道具から、もう少しもらえるといいけど」 「わかった。聞いてみるね。ありがとう」  あさきは礼を言ってその場を後にした。「材料」の横に「相談」と書いて、ぐるぐると丸で囲った。段ボールなどの材料は、出し物が劇になると決まってから、クラスの皆で集めている。劇のクオリティを求めるほど、集めるものも量も増える。家庭だけではなく図工の清水先生や他の学年などにも掛け合うなど、色々手を尽くしているが、目下の不安の種だった。 「太田、お疲れ。調子どう?」 「おう」  大道具のリーダーの太田に声をかける。太田は肩越しに振り返ると、あごをしゃくった。壁一面に、段ボールやベニヤ板が並べられている。床には紙や布、デザイン案がところ狭しと広げられていた。段ボールはガムテープでつなぎ合わされ、木々や建物の形にカットされている。今田や本木が、緑の布を段ボールに貼り付けている。木原が大きな紙に書かれた絵の、線をマジックでなぞっている。 「すごい進んでるね」 「うん。あと貼って塗ったら、森は完成」 「すごいなあ」  あさきが感心して、それらを眺める。太田は腰に手を当てて、少し得意そうに笑っている。あさきは太田に笑い返した。それから、真剣な顔になり尋ねた。 「材料の方はどう?」 「まあまあかな」 「段ボール何枚か、余ったりはしない?」  あさきがやや遠慮がちに尋ねた。作業の様子を見れば、大体のことはわかったからだ。太田はうーんと顔をしかめて唸った。 「まだちょっとわからん。でも、きついと思う」 「そっか」 「確かに段ボール、俺らかなり食っちゃうけど。俺らも頑張ってるんだよ。あさきならわかるだろ」 「うん。わかるよ」  太田の訴えはよくわかった。  それは六月の終わりの頃のことだった。太田達は、少ない材料で多くの大道具を作れるように考えながら、材料集めに奔走していた。段ボールやベニヤ板をもらってきた。学校で譲ってもらえるものがあれば頼みに行っていた。しかし、材料がほしいのは太田達だけではない。同じく材料を求めている他のクラスと分け合うので、数が思うようにそろわなかった。  そんな中、太田は去年の六年二組が劇をしたことを思いだした。去年作った大道具が残っていないか、残っているならもらえないか、考えたのだ。そのあたりについてはあたった。当時の六年二組の担任だった森は、嫌みで怒りっぽい教師として知られていた。皆それには構えたが、太田が頼みにいくことにした。 「だめよ」 「お願いします。どうしてもほしいんです」 「だめったら、だめ! 足りないくらい、自分たちで考えてやりなさい! 六年生なんだから。時間を無駄遣いしない!」  しかし、森の答えはNOだった。たいていは廃棄になる中、大事に残してあるのだから当然といえば当然だった。しかし太田達もひけなかった。森の言い方がきつかったせいもあるかもしれない。太田達は、森への偏見をなくそうとした。太田は、デザインや必要な材料の目安を見せて、自分たちがいかに本気か、まっすぐに話した。 「誰かのことを思ってやるんでしょ。人のものをとってまでするというのは、違う! 大人になんなさい」  しかし、森の気持ちは変わらなかった。 「何でだよ!」 「よっぽど大事なものなのかな」 「でも、俺たちだって一生懸命なんだぜ」 「そうだよ。それをあんな言い方して。やっぱ森バアなんだよ」 「駄目だよそんなこと言ったら」 「あさきも言われて見ろよ。むかつくぜ」  森の言い方に、太田達は、腹を立てた。あさきは一連の話を聞いて、頭を悩ませた。よっぽど森にとって、大事なものなのだろう。しかし、太田達の気持ちも大事だったし、実際に材料も必要だった。あさきからもだめもとで森に頼んでみたが、いけなかった。 「しつこいっ! あなたもリーダーなら、私のとこにきてばかりいないで、柔軟になるように皆を説得しなさい!」  確かにその通りだった。 「きっと大事なものなんだよ。次のあてを探そう」 「次なんてねえよ!」  しかし太田達はおさまらなかった。もはや意地になっていたのだった。どうしたものか、ヒートアップする太田達の顔を見ていると、不意に静かな表情に行き当たった。  碓井だった。碓井は怒らず、しかしじっと周りを見ていた。碓井と目が合うと、碓井はじっと見ていた。穏やかに澄んでいた。  碓井が森と話しているのを見つけたのは、それからすぐのことだった。碓井も頼みにいったのだろうか。あの瞳が印象に残っていたあさきは碓井に尋ねた。碓井は、首を振って、 「先生のお話を聞いてるだけなの」  と言った。そこで、はたとあさきは思い至った。自分達は森の話や気持ちを何も聞いていない。あさきは碓井について、森の話を聞きに行くことにした。森は、あさきの顔を見て、少し構えた顔をしたが、あさきのいつもと違う様子に気づいたのか、招いてくれた。  碓井は森から、六年二組の話を聞いているようだった。森はお茶を飲み、マグカップを見下ろした。 「これは、皆からもらったものなの」 「はい」 「かわいい」 「私には、似合わないけど」  あさきの感想に森が苦笑した。その優しい声に、あさきは驚いた。あさきの記憶の中で、森は今回のことだけでなく廊下や体育館でなど、いつも怒っていたからだ。碓井は、知っていたのか、ゆったりと話を聞いている。それから、森は色んな事を話してくれた。クラスの人間関係、文化祭のこと、そして、文化祭の後、引っ越していった生徒のこと。そうして森は、窓の外を見た。  あさきが、森の気持ちに行き着いたとき、森があさきを見た。そうして立ち上がる。 「来なさい」  あさきは碓井とついて行った。森は職員室の廊下の奥の倉庫へ向かう。鍵を開けると、中に入った。ほこりっぽいのを想像していたが、思いの外きれいだった。 「これよ」  森が、倉庫の奥にそっと立てかけられてあるそれを持って、あさきに向けて見せた。あさきは息をのんだ。ものすごく緻密で立派な絵が描かれていた。これだけ塗るのに、どれほど時間がかかっただろう。 「クラスの皆が、一生懸命考えて、工夫して描いたものよ」  それから、裏返す。あさきは口元に手をやった。そこには、たくさんの寄せ書きが書かれていた。引っ越していった生徒へのエールや、皆への感謝が『また皆でこの絵を見よう』と、引っ越した生徒の言葉を囲んでいる。 「これは、あの子達のものなの」 「はい」  あさきは頷いた。自分が恥ずかしかった。森は、あさきにふっと笑いかけた。 「あなた達も、自分達だけのものを作りなさい。考えて考えて、頑張りなさい。あなた達なら、できる」 「はい!」  あさきは、勢いよく返事した。声は少し湿っていた。碓井が、そっとあさきの背に手をやった。 「森先生、ありがとうございます」  あさきは、お辞儀をした。気分はすっきりしていた。森は、あさきの現金さに少し苦笑していたが、「はいはい」と言った。  クラスに戻り、あさきは太田達を説得した。 「大変だけど、私も今まで以上に集めるの、頑張るから」  あさきが言う。太田達は、森の気持ちを聞いて少しきまずそうにしていた。 「私は、皆が頑張ってくれて本当にありがとうって思ってる。それって私たちの為だから」  皆の目をしっかりと見つめた。 「だから、私たちも、負けないくらいの思い出を作ろう」  あさきの真剣な目を、最初に見返したのは太田だった。太田は、腕組みを解いて、腰に手を当てた。 「おう」  それがきっかけとなり、皆が思い思いに頷いた。あさきは安堵した。太田がにっと笑って、皆に声をかけた。 「皆、頑張ろう!」  わっと気合いの声があがった。あさきも、拳を上げた。 「わかるよ。すごい頑張ったよね」  思い出して、あさきは言う。あれから太田達は、本当に頑張ってくれた。よくここまで、たどり着いたと思う。 「すごいよ」 「だろ」  何も言えなかった。あさきは、メモに、「大道具、材料手一杯」と書いた。去り際に、もう一度作業する皆を見る。碓井は、今日休みのようだった。  皆が気合いを入れ直した後、あさきは碓井と二人になった。あさきは隣の碓井をちらりと見た。 「碓井さん、いつから行ってたの?」 「うん?」 「森先生のとこ」  碓井は少し考える素振りをして、返した。 「最初に、断られた後あたりからかな」 「どうして?」 「森先生のこと、知りたいと思ったの」 「それでずっと? すごい」  あさきの言葉に、碓井は小さく苦笑した。 「そんなことないの。福田先生に劇を見せてもらって、出来たらアドバイスも、もらえないかなとも思ってたの」 「そっか」  あさきは碓井をじっと見つめ、はあと息をついた。 「すごいなあ」  碓井が首を傾ける。あさきは自分の上履きを見ながら歩いた。 「私、自分のことしか考えてなかったよ。先生と先輩たちの気持ち、全然わかってなかった」  情けない。頑張っているのは、自分だけじゃないのだ。あさきは肩を落とした。碓井は黙っていたが、そっと口を開いた。 「だからだよ」  碓井の言葉に、あさきは怪訝な顔をした。 「城田さんが、いつも私たちのこと一生懸命考えてくれるから、だから私も、私にできること、探せたの。森先生だって、絵を見せてくれたのは、今日が初めて。太田君達がわかってくれたのも」  碓井の声音は、静かで穏やかで、本当だと感じられた。あさきは、胸がいっぱいになった。碓井にぱっと抱きついた。 「ありがとう! もっと頑張る」 「う、うん」  碓井は驚いて身を固くしたが、おずおずとあさきの肩にふれた。 「やめろよあさき」 「セクハラだセクハラー」  いつの間にかやってきた島達があさきをからかった。早愛はじっとあさきを見ていた。  碓井は、今日も母親のお見舞いに行っているのだろうか。大変なのに、皆の為に頑張ってくれた。碓井の母が、すごく元気になることを祈った。 「だから、それじゃ無理だって!」 「そこを何とかしてよ!」 「忙しいところ、ごめんね。どうかな」  衣装係は白熱していた。頃合いを見て、リーダーの和田に、そっと声をかけた。和田は「うーん」と唸ってから苦い顔で頷いた。いつも和田は笑って「大丈夫」とだけ言うので、あさきは気になった。 「ちょっとやばいかも」  おどけるように笑っていたが、和田の声は明らかに弱っていた。 「そっか。どうしてか、聞いてもいい?」  あさきは和田を追いつめないよう、努めてやわらかに尋ねた。和田はあさきの目を見つめた。あさきは見つめ返す。そうして、しばらく見つめ合っていたが、和田は一度唇を引き結んで、それから「実は」と開いた。デザインを持ち出すと、ばっとあさきの前に広げた。 「衣装は決まったの。藤達が、今日持ってきてくれた」  衣装は、シャツなどの既製品を調達し、それをうまくアレンジして作ることとなっていた。紙には衣装のデザインとアレンジ案が、びっしりと書かれていた。あさきは息をのんで見つめた。 「すごいね! こんなの思いつかない」 「そうでしょ」 「ただ」  あさきは言いよどむ。水を差すようで、申し訳ない気持ちになりながら和田を見つめると、和田は心得ているという顔で頷いた。 「けど、これを作るには、材料と、あと、たぶん時間も足りないの」 「やっぱり」 「それで、萩達ともめちゃってるの。でも、藤達、塾もある中で、すごく頑張ってくれて」  和田が視線をよこした先で、藤と萩が言い合っている。萩は、衣装の材料の調達や、人手などをまとめていて、藤の案は現実的ではないと言っている。藤は、頑張ったからどうにかしてほしいと、譲らない。和田はためいきをついた。 「どっちの気持ちもわかるの。だからどうにかしたいんだけど、でも、私、藤に言えなくて」 「わかった。今日の話し合いで、私から言うよ」  あさきは、ノートにメモを取ると、和田を見た。和田は不安そうな顔をしていた。 「どこも材料には困ってて、皆にちゃんと話さなきゃな、と思ってたんだ。それで、話し合って、何とかなればよしだし、ならなそうだったら、藤さん達に言う。でも、たぶんだけど、言うことになると思う」 「いいの?」 「うん。和田さん、だから藤さん達のこと、フォローしてあげてほしい」 「私、うまくいくかな」  和田は首を振った。 「大丈夫だよ。だって和田さん、すごく頑張ってるもん」 「でも」  あさきは、和田の目をのぞき込む。和田の目が涙でゆらゆらと揺れていた。 「いつもありがとう。だから、しんどいときは頼って。一人じゃないよ」  和田はうんと頷いた。あさきは、その背をそっと抱いた。それから、クラスの皆を見渡した。皆一生懸命だ。 「皆さん、お疲れさまです。今日の報告を始めます」  作業の時間が終わると、皆で輪になり集まる。それぞれの係のリーダーを中心に、その日の進捗や気づいたこと、要望などを皆に報告するのだ。それに対し、皆が疑問や案を出して、情報を共有し、すり合わせていく。あさきはメモを取りながら、時折、質問や合いの手を入れた。和田が、材料の不足を報告した。 「ああ、材料足りないやつ。でも、うちも足りないくらいなんだよな」 「うちも、まわすのはちょっときつい」 「そっか。吉田さん。予算、どうなってますか」  自身もメモを見ながら、予算の計算をしている吉田にあさきは尋ねる。 「ぎりぎりだね。むしろもっと削りたいくらい」 「決まってあるのをもう少し安くするしかなくない。衣装の、ちょっと食い過ぎじゃない? 減らせない」 「いや、本当に限界」 「このリボンとか、もう少し安くできるよ。まず量だよ。量買おう。できなきゃどうにもなんないんだし」 「でも、せっかく作るのにしょぼいのはやだよ」 「だから。そもそも、見せるのはこっちの工夫でしょ」  萩の言葉に谷が返すと、むっとした様子で藤が谷に言い返した。すると、谷は、少し語調を強めてまた言い返す。藤の眉間にぐっとしわが寄った。 「うちらがまず困ってるって話をしてるんだけど! 何で責めてくるの」 「だって、こっちだって少ない中でがんばってるんだよ。衣装が予算取るから」 「待って。いったん落ち着こう」  あさきが制止する。二人はしばしにらみ合っていたが、やがて息を整えた。あさきは、二人を見て、皆を見た。そして、これからの行くべき先の決断をした。 「皆、いいものを作りたい。だから、譲れないものも出てくると思います」  皆この劇をいいものにしたいのだ。大激論になることもあるが、それは皆の熱意ゆえのことだった。あさきのすべきことは、皆の気持ちを出来る限り尊重し、そして、一つの方向にまとめることだ。 「係が違っても、私たちは、一つの目的に向かってる。大変な事があったら、助け合っていきたい」 「でも、実際無理だよ」 「うん。皆、本当にいっぱいいっぱいまで頑張ってくれてる。だから、お互いが何を大事に思ってるのか、話し合おう。皆の意見や工夫を共有しよう。藤さんのデザインの魅力も、谷さんの工夫の魅力も、どっちも大切なものだと思う」  藤と谷が、決まりの悪い顔で、視線を行き交わせ、それからあさきを見た。 あさきは立ち上がり、頭を下げる。 「皆。材料が足りない問題については、私の見通しが甘かったです。皆に大変な思いさせて、本当にごめんなさい。今、清水先生とか、他の学年とかに掛け合ってるけど、もし間に合わなかったら、それは私のせいです。なのにお願いします。藤さん、間山さん、鈴木さん、沢野さん。材料が少なくてすむデザインを、考えてください。谷さんや皆は、藤さん、間山さん、鈴木さん、沢野さんを助けてあげてください。皆が本当に頑張ってくれてるのに、ごめんなさい。力を貸してください」  考えた末、言えることはこれだけだった。藤は目をつり上げたが、何も言わず、うつむいた。不意に、「バカ」と声があがった。 「いい子ぶってんなよ。あさきだけの問題じゃねーじゃん」 「そうそう。皆の問題じゃん」  島だった。奥村が続く。和田が、決意した顔で、藤達に向き直った。 「私からもお願い。本当は私が言わなきゃだった」 「和田ちゃん」 「藤、本当にごめん」  和田が頭を下げた。藤は眉を下げて和田を見る。それからうつむいて、鼻をすすった。抱えた膝に顔を埋めて、泣き出した藤の背を同じくデザイン担当だった間山がさする。 「今のよりいいのできるか、わかんないけど」  間山が、ぽつりと返した。和田は首を振って、「ありがとう」と繰り返した。 「それなら、俺らも頑張ってみるよ」  久岡が声を上げた。つとめて明るく出した声だった。 「手伝えることあったら、言って」 「皆、頑張ろう」  秋田が声を上げる。それに皆の声がのった。 「ありがとう」  あさきは、皆にお礼を言った。「おう」と声が返ってきた。あさきは、心がぶわりとあたたかくなった。 「皆、今日もありがとう。また、今日の分のノート上げるから、わかんないところあったら、教えてください。終わります。お疲れさまでした!」  話し合いを終えて、あさきが、そう締めくくると、皆はうなずき、または鼓舞するように、かけ声を上げた。各々が帰り支度をする中で、あさきは一人、「六年三組ノート」にまとめを書き込んでいた。今日は、皆にとってつらいことも言ったが、皆まっすぐにぶつかってくれた。その気持ちに応えるために、もっと頑張ろう。決意を新たにしていると、不意にスマホが震えた。  父からだ。あさきは通話ボタンを押し、耳元に当てる。 「お父さん?」  ことさら明るい声を出した。一気に心許なくなった気持ちを、奮い立たせた。 『あさき』  父の声は、震えていて切迫していた。声だけなのに、青ざめているような気がした。あさきは、スマホを持っていない方の拳を胸の前で握った。 『お母さんが病院に運ばれた。迎えに行くからすぐ準備してくれ』  指先からざあっと、血の気が引いた。

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