その日の夜、今川は、シャワーを浴びた後、 TVを見ながら、簡単な夕食を済ませた。 いつもなら、夕食後は、リモートで、海外在住の仕事関係者たち相手に 近状報告やミーティングを行うが、今夜は、仕事する気分になれなかった。 スーパーサイエンススクール時代のクラスメイトの押田保が、 オープンさせたVRリラクゼーションバー、 「シリウス」の招待状が送られて来ていたことを思い出して行ってみることにした。 そのバーは、東京下町の商店街の一角にあった。 周囲には、昔ながらの店が立ち並び、 日中は、お惣菜や日用品を買い求める 近所の主婦や高齢者たちでごった返しているが、 日が暮れると共に、客足が途切れて、 夜には、シャッター通りになる。 静まり返ったシャッター通りに、 一カ所だけにぎわう場所がある。 昼間は、ワンコインランチが人気のカフェ。 夕方になると、会員制バーに様変わりする。 オープンから間もなくして、どこからともなく現れた ビジネスマン風の男2人が談笑しながら、店の中に消えた。 「いらっしゃいませ」 今川が緊張気味に、そのバーのドアを開けると、 宇宙服を模したデザインの服を着た店員が出迎えた。 VRリラクゼーションバーと聞いていたが、 第一印象はふつうのバーとなんら変わりないように思えた。 今川は、カウンター席の端っこに座った。 バーテンダーおすすめのカクテルを チビチビと飲んでいるところに、押田がやって来た。 「ひさしぶり、元気だったか? 」 押田が、背後から肩をたたいた。 「VRリラクゼーションバーと聞いて期待して来たが、 他のバーと、何ら変わりはないじゃないか」 開口一番、今川が文句を言った。 「そう言っていられるのも今のうちだぜ。 店の奥へ行ったら、おまえは、 オレ様のことを尊敬せざるを得なくなるはずさ」 押田が言った。 「早く案内しろよ」 今川は席を立つと、押田の背中を前へ押した。 押田に案内されて店の奥へ行くと、 広いフロアにランダムに配置されたボックス席から、 楽しそうな声が聞こえた。 今川は、押田の隣に座った。 「まあ、見てなって」 押田が手をたたくと、目の前に、 カクテルドレスを着た美女たちのホログラムが出現した。 ホログラムの美女たちは、今川を取り囲むようにして席に着いた。 「すごいだろう。目の前にいる女の子たちは、 銀座の一等地に店をかまえる高級クラブで働くホステスたちだ。 常勤のホステスを雇うより高くつくが、 必要な時だけ、都内中の高級クラブから 集めることが出来るから良い宣伝になる」 押田が自慢気に言った。 今川は、たかが、ホログラムだと高をくくっていたが、 クラブにいるのと同じで、美女たちと会話をして楽しんだり、 美女たちのからだに触れることが出来るとわかり感心した。 「堅物だと思ったおまえが、こんな仕掛けを思いつくとは、 全くもって信じられないぜ」 今川が言った。 高校時代の押田は、科学実験が好きで、 実験の授業の時は、教師のアシスタントを任されていた。 勉強は出来るが、オタクなところがあり、 生身の女性には興味ないものと思っていたが違ったらしい。 「おまえにぜひとも、体験してもらいたいサービスがあるのだ」 押田は、今川を個室に招き入れた。 個室は、6畳程の広さで、床は一面大理石で出来ていた。 部屋の中央には、ベッドが置かれていてその脇にある ウォーターサーバーみたいな医療器具から ボコボコという水の音が聞こえた。 「これに着替えて、ベッドの上に待っていてくれ」 押田は、今川に病衣を手渡すと、 今川をひとりを部屋に残して出て行った。 渡された病衣に着替えた後、 ベッドの上でおとなしく待っていると、 白衣を着た若い女性が、押田と入れ替わりに、 部屋の中に入って来てベッドの横に立った。 「私は、あなたの担当医です。 血液オゾンバイタル療法を受けるのは初めてですか? 」 女医が訊ねた。 今川は、女医の顔を見て驚いた。 MIMIにうりふたつだったからだ。 MIMIはまだ、試作の段階でその製造方法は 会社内でもごく限られた人間しか知らないはずだ。 今川は、他人のそら似と自分に言い聞かせた。 「もしかして、それを打つつもりですか? 」 今川は、女医の手にした 太い注射針を見て思わず声を上げた。 「はい。まず、血液検査を行い、 その後、お客様のドロドロ血液を 体外に取り出して、オゾンで洗浄して戻します。」 女医が告げた。 「血液を洗浄するだって? 冗談じゃない! 」 今川が大声で言った。 (押田は、リラクゼーションサービスだと言っていた。 だまされたということか?!) 「簡単な施術ですし、 眠っている間に終わりますので痛みはございません。 ご安心ください」 今川は、女医の説明を聞きながら、 患者を眠らせている間にする施術って何なんだと考えた。 「全身の力を抜いて、リラックスしてください」 次の瞬間、強い眠気がおそって来た。 肩をたたかれた気がして目を覚ますと、 押田が、ベッドの脇に立っているのが見えた。 「気分はどうだい? 」 押田が訊ねた。 「最悪だよ。血液を抜かれたんだからな」 今川が答えた。頭がズキズキしてくるし両腕も重い。 「美人女医に施術してもらったんだ。 夢心地だったのではないか? 」 押田が言った。 「何が夢心地だ? あの女医は、 女性型ヒューマノイドではないのか? 」 今川は、病衣から着て来た服に着替えると言った。 「外見は、人間の女性と変わらない精巧なつくりになっている。 ロボットクリエーターのおまえだから見抜けたが、 素人には、ヒューマノイドだと見抜けないはずさ」 押田が豪語した。 今川は、自分以外に、 本物そっくりの女性型ヒューマノイドを つくれる存在がいることを知りあせりを感じた。
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