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 それからも裕也は店にやってきたり、潔子へ連絡をしたりしては潔子を口説こうとする。その度に潔子は表情を曇らせて、首を横に振っていた。  潔子が大丈夫だと言うので玲は動きだしそうになる自分を抑え込み、静観していたがそろそろ注意のひとつでもしておくべきかとふたりに近づこうとした。 「もう本当に来ないで。私、あなたについていくつもりない」 「浮気のこと、まだ怒ってるのか? あれは魔がさしたっていうか……本当悪いと思ってる。でも、本当に大切なのはお前だけだって気づいて……」 「そう。でも、もう私、好きな人がいるから」  ──好きな人……好きな人、かあ……。  後ろでそれを聞いていると、玲の口元がにやけそうになる。隠すために潔子達には背中を向け、口元を手で押さえたがあまり効果はない。 「……玲くん、なにをにやけてるんですか?」  いつもの通りブラックコーヒーを飲んでいたルキが珍しく怪訝な顔をしている。幸せで、と玲が漏らせばルキの顔は時間が経ったコーヒーでも飲んだ後みたいになった。  そんなやりとりをしている間に裕也は店を出ていった。潔子は頭を抱えながらキッチンへ戻ろうとして、ルキと玲の前で足を止めた。 「潔子さん、元気になったようでよかったです。まだ元彼さんは諦めないんですねえ」 「はい……まあ、彼も来週にはここを離れるので、それまでの我慢かなって思ってますけど」 「妖怪よりめんどいな……」 「え? ルキさん今……」 「いえ、なんでもありません。まあ、なんにせよ……ちょっと厄介ですよね。お店にも影響が出ると、僕も困るんですよ」  ルキはコーヒーを飲み干して、かちゃりとソーサーの上に置いた。そして鞄を持ち、緩めたネクタイを締め直して千円札をカウンター席に置く。お釣りは要りませんと笑顔で言い残し、パライソを後にした。  その日以降、裕也がパライソへ現れることは二度となかった。

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