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 汐乃が自分の店に戻り、ルキも気分転換をしたいと外に出た。ディナータイムまで時間があるので、潔子と玲もひとまずパライソへ戻ることにした。明日のランチタイムの準備をしておきたいと玲が言うので、潔子もそれを手伝う。 「おい、お前……」  玲は潔子の手元を指差した。真っ黒になった使い捨てゴム手袋を見て、そういえば今日開店した時から一度も交換をしていなかったことを思い出した。  いつもなら一時間に一度は交換をしているのに。忙しすぎて忘れていたようだ。  ──この私が。うそ。 「よく我慢できたな、やればできるじゃねえか」 「あ、いえ……そういうわけじゃ……」  玲がぽんと頭に手を乗せる。それからすぐに手を引っ込めて「悪い」と手を背中の後ろに隠した。意味のない動きに潔子は吹き出した。  ──あれ、嫌じゃない。 「なに笑ってんだよ」 「いえ、今の……平気だったのが嬉しくて」 「平気? マジか」  玲は潔子の頭を両手で掴み髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。心なしか頭皮がちくちくしだして、潔子は玲を押しのけて自室のバスルームへ直行した。さすがにそれまでは耐えられなかった。  今日は店に入った時から手も洗っていない。だけど平気だった。手を頭に乗せられても、平気だった。  たったそれだけのことなのに、潔子の胸は熱くなった。  シャワーを浴びてからふっと気づく。頭を撫でられて平気だったことへの感激のあまり、玲がどんな顔をしていたかを忘れていた。  ──玲さん……。  安心したような、優しい笑み。それがじわじわとよみがえってきて、頭が熱くなる。潔子は洗面台で顔を洗った。  ディナータイムになると汐乃が抜けて代わりにジムの店主──星野希良が店にやって来た。くるくるの金髪パーマに白磁器のような肌、そして大きな八重歯。ほどよく筋肉がついた身体の上に、少年のような顔が乗っているのはいささかアンバランスだと潔子は思った。  しかし、希良の人懐っこさはそのアンバランスさなど、どうでもよく思わせる。 「玲くんのとこの新入りさん! よろしくね。挨拶が遅れちゃってごめんなさい」 「よ、よろしくお願いします……!」  潔子がゴム手袋をつけていることも希良はなにひとつ気にしない。ただ、ジムの入会チラシを代わりに握らせてきたのを見て、潔子は希良にギャップを感じてしまった。可愛い見た目にそぐわず、なかなか商魂たくましいのかもしれない、と。

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