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「あんな女、遊びに決まってんだろ。俺、二週間後に転勤でここを離れるんだ。だから、潔子と一緒に行きたいと思った。あいつなら、なにがあっても俺を支えてくれるって気づいたから」  なにが『俺を支えてくれる』だ、虫唾が走る。そんな自分勝手な理由でここから潔子を連れ出そうとしていることを知ると、玲はますます頷けなかった。  確かに玲にとっても潔子は自分を支えてくれる存在に違いないし、そんな存在を手放したくないというのは理解できる。ただ玲の思いと、裕也の思いが同じものだとは考えがたい。玲は疑念たっぷりに裕也を睨みつける。 「俺はあいつと一緒に住んでたからわかる。いつも部屋を綺麗にして、食事を用意して、細かいことに気づいて──そんなことしてくれる女、そうそういないって気づいたんだ」  玲が潔子に求めるものとは全く違う、と確信を持った。やっぱり裕也は自分と違うのだとわかって安心したと同時に、怒りがこみ上げてきた。 どうしてそんなことが言えるんだろう。どこまで潔子を蔑ろにすれば気が済むのか。 「……そんな女が欲しけりゃ家政婦でも雇えよ。金なら、持ってんだろ」 「は? そんなことに金なんて払うかよ」  裕也は自分が放った言葉の意味を自分でも理解していない様子だった。だからこそ、心の奥底にある感情が無意識に言葉に乗っている。玲はそれを嫌というほど感じとり、裕也の胸ぐらを思いきり掴む。  潔子の性格なら、裕也の言う通り自分のできることをやって全力で支えるんだろう。いや、それ以上のことだってきっとやろうとする。  じゃあ、潔子のことは誰が支えるんだろう。支えにならなくなった潔子の行き場はどこになるんだろう。冷たい水が火で急激に熱されたように、ぽこぽこと疑問が浮かんでいく。 「玲くん! だめばい!」 「ぐえ!」  急に首根っこを掴まれて、物理の法則を無視したような引力で身体が動いた。一瞬なにが起こったのかはわからなかったが、琥太郎の顔が目に入った。琥太郎が玲を裕也から思いきり引き離した。  裕也は琥太郎に睨まれて、その迫力に敵わないと判断したのかすごすごとビルの出口へ早足で進んだ。玲が後を追おうとしたら「がう」と琥太郎に凄まれたので、玲もまたその迫力に屈した。  ──そういえばそろそろ満月がやってくるんだっけ……。 怖い……。 「玲くん、喧嘩だけはやったらいかん。なんも生まんよ」 「なんで琥太郎さんがここで出てくるんすか」 「看板ば片づけようと思って外出たら、玲くんがあの人に掴みかかっとったけん、やばいと思って」 「……すんません、ありがとうございます。頭に血がのぼって」  琥太郎の眼差しがいつもの優しいものに変わったので、玲は胸を撫で下ろした。  店の中へ戻ると、潔子がまた手を洗っている。洗うなよ、と小さく漏らすが水の音にかき消されて、潔子へは届かなかった。

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