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「は、じゃあお前も妖怪じゃん。妖怪ケッペキ」 「よ、妖怪って……」 「異常現象とか不思議なもんを総称して妖怪って呼ぶんだ。ケッペキなんて普通じゃねえだろ。だから妖怪」  ──普通じゃない、か。  玲の言葉が鋭い弓矢みたいに胸に突き刺さる。今の自分が人間ではなく妖怪に分類されてしまうとは、さすがに潔子も考えたことすらなかった。 「妖怪同士、まあ仲良くやってこうぜ」  玲は今しがた捺印をした労働契約書を指でつまみ、潔子をからかうように横に振る。  もし自分が他人に触れることができるのならば、玲の顔面がめり込むくらいに拳をお見舞いしてやりたい──そんな思いを胸に潔子は玲を睨みつけていた。  労働契約を結び、慌ただしく引っ越しの準備を進めていた。  潔子はこれまで引きこもっていた分を取り戻すかのように忙しく動いた。この半年間の運動不足のせいで荷造りをしただけで息が上がってしまったが、どうにか自身を奮い立たせた。  潔子が急に住み込みで働くことになって、一番心配したのは母親だった。潔子の心のこと、あと怪しい店ではないのかということ。  怪しいかどうかと問われれば完全にクロの店かもしれないが、命を担保にされているということは伏せておいて、「普通のカフェバーだよ」とだけ伝えておいた。玲のことは身体が弱い店主と適当にごまかしておいた。 「オープンしたら来て。私、頑張るから」  潔子の自宅から徒歩十五分くらいのビルだというのに、まるで今生の別れのように母親は涙ぐんでいた。  ビルの一号室が潔子の住宅となった。元々ここはルキが事務所を構えていたそうだが、夜な夜な他の住人が集まり酒盛りをするのに耐えかねて出ていってからは、物置として使っていた。  荷物を運び込み、荷解きを行っていたら、玲がやって来た。てっきり引っ越し作業を急かされるのかと思いきや、どうやら手伝いに来てくれたらしい。意外といいところがあるんだなあと思いつつ、さすがに失礼かと思って黙っておいた。  私物に触れられるのは抵抗があったので、空の段ボールを潰したりごみをまとめたりする作業だけやってもらった。 「そういえば、この部屋の家賃っていくらなんですか」 「決まってねえ」 「え、でも玲さんが私の家賃払ってくれるって」  作業の手を止めて玲の方を見ると、玲は煩わしそうな顔をしてひとつ舌打ちをする。めんどくせえな、と小声で言った。静まり返ったこの部屋では聞こえないふりをする方が難しかった。 「んー……家賃は毎月変動するんだ。その月の売り上げの一割を家賃としてルキさんに支払う。他の妖怪達もそうやってる。お前と俺の場合はふたり分だから少し割り引いてもらって、売り上げの一割五分を家賃として支払うってとこだな」  そんなルールを潔子は生まれて初めて聞いた。儲かれば儲かるほど家賃でさっ引かれていく──まるで税金だ。そういうわけなのでしっかり頑張るように、と玲に念を押され潔子はこっくりと頷く。 「……ていうか、他にも妖怪がいるんですね」 「おう。まあ、後で引っ越しの挨拶に行ってこい。あ、ジムの店主は夜の七時以降じゃねえと起きてねえから、気をつけろよ」 「はいはい。ちなみにどんな妖怪が?」 「他は……まあ、会ってみればわかる」  ──説明、面倒なんだな。  黙々と段ボール箱を潰す玲を見ながら、潔子は溜息をついた。

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