作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

*  満月の夜が、明けた。 「皆さん、ありがとうございました! 今日は遠慮なく食べてください!」  今日は全ての店舗を休業にして、焼肉屋『しんげつ』で大量の焼肉が振る舞われていた。山盛りの牛肉を前に住人達の心が躍る。  満月の夜が明けて、琥太郎はいつもの穏やかな琥太郎に戻っていた。山から降りてきてこのビルに帰ってきた時には涙目で玲央を抱き上げていた。玲央はキャッキャと声を上げながらも「なんで父ちゃん泣いてんの」と冷静に言い放っていたが。 「へへ、にんにく抜きの豚肉美味しい!」 「……吸血鬼って本当ににんにく食べられないんですね」  特別仕様で仕込んだ焼肉を希良は満足そうに頬張る。にんにくと脂の匂いが充満した店の中で、希良は自分も力になりたいと店に立っていた。その健気な様子に潔子は心を打たれ、希良のことを好意的に見ている。  あと、最近運動不足が気になっていると潔子から相談したら「うちにおいでよ!」と満面の笑みで言った。 「確かに最近顔が丸くなってきたしな、ちょっと運動した方がいいかもな」 「あら玲ちゃん、女性にそういうこと言うもんじゃないわ。嫌われちゃうわよ?」 「そうですよ玲さん。そんなこと言ったら、この前水に浸かりながら寝てた時の写真出しますよ」 「なんだ生意気な……どんな写真だよ、見せてみろよ」  潔子はスマートフォンに表示した写真を皆に見せびらかしている。バスタブにもたれかかり、口をぽかんと開けて半目で眠っている玲の間抜け面がそこにある。よく見るとヨダレも垂れている。  住人達がけらけらと笑う中、玲だけがひとり頬を膨らませていた。 「なかなか戻ってこないから心配になって見に行ったらこんな風になってて、面白すぎて撮りました。いやあ、まさかここで役立つとは」 「うわあ、玲くんぶさいく」 「こら玲央、そんなこと言ったら……ぶふっ」 「琥太郎さんだって笑ってるじゃないっすか!」 「いやあ、本当に不細工ですね。潔子さんの顔のことなんて言える立場じゃないですよ」  ルキの言葉に玲はなにも言い返せず、釈然としない様子で潔子に謝ってきた。そしてまた起こる笑い。その中に身を置いている自分が、潔子にとってはまるで夢の中にいるようだった。  ──こんな風に騒ぐ日が来るなんてなあ。  あの日声をかけてくれたルキと、雇ってくれた玲、そして温かく迎えてくれる住人達には感謝するしかない。潔子はウーロン茶をひと口飲んで、ゴム手袋越しに手の甲を撫でた。  こうして皆で焼肉を食べ、酒を飲み、騒いだ後はそれぞれの部屋へ戻っていく。玲が明日の仕込みを少ししておきたいと話していたので、潔子もそれを手伝うことにした。珍しく気を遣って、玲は断ろうとしていたが潔子の方からそれを押し切った。  キッチンの明かりだけを灯して、夜の静寂の中トントンと包丁の音だけがする。 「……美味しかったですね、焼肉」 「だな。あー……たまには、食べに行ってもいいな」 「ですね。玲さんのおごりなら、行きます」 「ちゃっかりしてんな。まあ、一番安いやつならおごってやる」 「その言葉、忘れないでくださいね?」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません