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*  気づくと西陽が部屋の中に差し込んで、今日も一日を無駄にしてしまったと嫌悪感に襲われた。なんとか身体を起こして掃除機をかけはしたものの、それだけで疲れてしまって、そんな自分をまた責めた。  ただ、裕也が店に来ているだけ。たったそれだけなのになぜこんなにもかき乱されているんだろうかと潔子は自分に嫌気がさした。  あの寝室の光景が浮かんで、また手を洗う。がりがりと爪が皮膚を擦る音がやけに耳について、無意識に顔を歪める。いくら洗ったとて綺麗にならない気がして、また泡状のハンドソープを片手に山盛りにして手首まで馴染ませる。  今日はパライソの定休日だ。いつもなら休みの日でもパライソで住人達とお茶や食事を楽しんで、夜にはサルーテで運動をするのが日課となっていたが──すっかりそれもなくなった。ここのところの定休日はずっと自室に引きこもっている。  夕方になると玲が食事を持ってきてくれる。そこまでしなくていいですと伝えたにも関わらず、放っておくと飯を食わなそうだからと言い返されてしまい、潔子もそれを否定できなかった。多分そうなるだろう、と自分でも予想がついたからだ。  夕方の六時を過ぎると玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると玲がホーロー製の容器を片手に立っていて、馴染み始めたその光景に顔の力が少しだけ抜けた。 「玲イーツでーす。今日は和食にしてみた。お母さん風筑前煮だ」 「いつもありがとうございます。お代を……」 「お代はいらねえよ。ちゃんと食ってくれればいい」  なぜ、玲はここまでしてくれるんだろうか、と潔子は不思議だった。店を離れれば店長と従業員という関係性を守る必要はない。強いて関係性を作るのならばご近所さんというくらいだ。  玲を見送って、もらった筑前煮に箸をつけた。よく味が染みた里芋が甘く感じて、ご飯が進む。お母さん風とは言っていたけども、玲の料理はやっぱり料理人のそれだと感じていた。  ──美味しい。本当に、いつも変わりなく美味しいな。  ベッドの上に放っていたスマホが連続で三度震える音がした。潔子は重い身体を動かして画面を覗く。  ──話がしたい。  ──時間、くれないかな。  ──やり直したい。  立て続けにそんなメッセージが入ってるのを見て、潔子は溜息をついた。LINEをブロックしたにも関わらず、キャリアメールやメッセージ機能を使って裕也は連絡をしてくる。  なぜこんなにも裕也は自分に固執するのだろう。あの時は潔子を厄介者扱いして、女と変な噂を流して潔子を追い込んだくせに。  ──それとも、今度こそ……愛してくれるのかな。  潔子はスマホを眺めたまま、動けずにいた。

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