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「ちょっと我慢して。あのさ……お前見てんのマジで辛えよ。だけど、お前はもっと辛いんだろうな」 「…………玲、さん」 「……大変な時は誰かに助けを求めろと言ったのはお前だろ。じゃあ、お前も求めろよ。俺はお前に頼られたい」 「やだ……お願い、離して」 「ひとりでなんでも抱えるな」  潔子は抵抗していた手を止めて、糸が切れたように玲の胸に頭を預けた。両手で玲のシャツの裾を掴み、肩を震わせる。鼻をすする音が聞こえて、玲は潔子の後頭部を一度だけゆっくりと撫でる。 「……もう、嫌なんです。裏切られるの。すごく好きだったんです。好きな人に、裏切られたくないんです」 「うん」 「怖いんです。信じてたのに、裏切られるのが。玲さんのことは、ずっと好きでいたいんです。だから、離してほしいのに」 「……うん」 「なのに、玲さんの腕を解けないのは、なんで?」 「そりゃ……俺にはわかんねえよ。お前のことだろ」  玲の白いシャツには涙が染みていく。潔子に対してなにを言ってやればいいんだろうか。正解を探そうとしたが、見つからない。とりあえず、玲が思うことを伝えておくことにする。 「ひとつ言っとくけど……俺は大海を進む人魚様だぞ。あんなクソ野郎と俺を同じに考えるな」 「うぐっ……別に同じだと思ってるわけじゃ……」 「お前の言い方はそう聞こえるんだ」 「……すみません」  ──謝ってほしいわけじゃないんだけど。  自分はどうしてこうも口が悪いのか。なぜ優しく言葉をかけてやれないのか──それはもう今後考えていくことにした。  とりあえず今玲ができることは潔子に想いを伝え、ただ抱きしめるだけ……と格好つけられたらどんなによかったか。玲の足からは力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。 「……はあー……やべえ、緊張した……」 「れ、玲さん!?」 「悪いな……お前に殴られるか逃げられるパターンも想定してたから……ちょっと安心して」 「玲さんって、ここぞってときにだめなタイプですか?」 「お前なあ、だめとか言うなよ……ああ、でも今の俺はかっこわりいな……マジで」  潔子はその場にしゃがむと、真っ赤な目を細めた。口元はどんな形になっているのかわからないが、笑っていることは間違いない。玲にはそれで今は十分だった。  玲はそっと右手を伸ばして、潔子の手に触れる。滑らかなシルクの上を滑り落ちそうになった瞬間に、潔子がそれを捕まえた。 「なあ潔子……好きだよ」 「はい……私もです」 「好きだぞ」 「はーい」 「……その言い方はちょっと可愛いな、採用」 「なんの採用ですか?」  そのまま潔子に触れてしまいたかった。だけど、潔子から好きだと言ってもらえたことだし、それはもっと先でもいいかもしれないと思った。少しずつ触れられる場所を増やして、いつかは互いに抱きしめ合えたらいい。それを待つくらいは玲にだってできる。

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