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 それならば愛情なんて形のないものを信じるより、本能である欲だけに目を向けた方が互いにとって一番楽なのではないか。ただお互いの欲しいものを与えあえば、足りないものは過不足なく埋められる──これは汐乃の持論だ。 「そうかなあ。僕は愛情って信じたいと思うけど」 「わかんないわ。私、愛情なんて向けられたことないし。愛情って移ろうし、紺野くんもきっと気の迷いだわ」 「迷うほど彼はいい加減な男じゃないと思うよ。すごくストイックに自分を鍛え抜く、今どき珍しい人だよ。あんなに立派に筋肉を育てられるってただ者じゃないし」 「……結局筋肉の話になるのね」  ルキと琥太郎にも相談をしてみた。  人外と人間が関係を持つ点についても、汐乃は興味があった。相談相手として玲と琥太郎を思い浮かべてみたが、玲はなんとなく頼りなさそうな気がして候補から除外した。実際に人間と結婚して子どもまでもうけている琥太郎の方がおそらく建設的だろうと考える。  ルキを呼んだのは、ひと昔前少々やんちゃだった汐乃を止めた唯一の男なので、今回も同じように汐乃を止めてくれると期待したからだ。 「へえ、汐乃さんにも春が来たんですねえ」 「ちょっと、からかわないでよ。ルキさん」 「俺は、いいことやと思うけどなあ。恋愛に限らず価値観の違う人と交流を持つことは刺激になるけんね」  琥太郎はおつまみ用のビーフジャーキーを犬歯で引きちぎり、それをビールで流し込んだ。    価値観の違い──その言葉にどうしてもマイナスな意味しか持てない汐乃は素直に頷けなかった。それは愛情という無形のものを信じた人間達が、別れるときの理由に使う言葉という認識がある。  汐乃がそれを信じて、傾いたところで裏切られる可能性が出てくる。そんなものを疑いながら生きるのは面倒くさい。欲だけの関係の方が互いに快楽だけを求めればいいのでシンプルでわかりやすい。汐乃は溜息をビールで押し込んだ。 「汐乃さんって結構真面目なんですねえ。ちょっと意外です」 「真面目ですって?」 「真面目ですよ。俺……いや僕がサキュバスなら、固定の食糧がゲットできるって前向きに考えますけど」 「……ルキさん、それはエグい……」  琥太郎から呆れられるも、ルキはそれをつゆほども気にしない様子だ。琥太郎の前に置いてあったビーフジャーキーをつまみ、奥歯ですり潰す。 「でもそうじゃないです? そのくらいの気持ちで付き合ってみて、やっぱりダメだったらその時はまたこうやって飲みながら慰めてあげます」 「ルキさん、縁起でもなかばい」 「ははは、でもまあ……どう転んでも今のあんたには味方がいるってことを覚えてお……いてください」  取り繕うように「ねっ」とルキは笑った。  ──そんなものかしら。  琥太郎が立ち上がり、キッチンからワインを一本とワイングラスを三つ持って戻ってくる。 「じゃあ、汐乃さんの幸せを願って開けるばい」 「えっ、これすごくいいワインなんじゃない? いいの?」 「はは……景気づけにはもってこいじゃないですか」  琥太郎はもってこーい、と言いながらグラスにワインを注いだ。乾杯の音が小さく響いて、そのせいなのか汐乃の肩からは力が抜けた。

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