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*  ルキの自宅は『メゾン・ド・モンストル』から歩いて五分ほどの賃貸マンションだ。このマンションもルキの実家である赤木不動産が所有と管理をしている。  少し前まではルキも『メゾン・ド・モンストル』の一室に住居兼事務所を構えていたが、あまりに居心地が良すぎてしまい、怖くなって引っ越した。住人達が酒を持って夜な夜なやってきては、一緒に騒いでくれる。それが楽しくて仕方がなくて、いつかなくなってしまいそうな気がした。 *  ルキは高校を卒業してから、実家の不動産屋にコネ入社をしてその傍らで妖怪や悪魔を退治していた。危険が及ぶこともあるし、身体には負担が大きい仕事ではあったが、血気盛んで喧嘩っ早いルキには適任の仕事だった。やりがいもあって、まさに天職と呼べた。  妖怪退治が板についた頃に出会った素行の悪い狼男を組み敷いて、「許して下さい」と言わせた時にはこの上ない達成感があった。  自分より身体も大きく、鋭い牙や爪を持ち、破壊衝動も強く自身の力を過信しているような狼男。改造した乗り物で道路を走り、自身を誇示するような音を出し、人間を怖がらせては喜んでいる──そういう生き物を力でねじ伏せて、恐怖のどん底に落とすのは気分が良かった。  あとは、色欲にまみれて際限なく人間を食らうサキュバスを罠にはめた時も、達成感が身体中を駆け巡った。  自身の美貌に溺れ、全ての男が自分の罠に掛かると思っていた得意げなあの顔が、苦痛に歪んだのは忘れられない。人間のふりをして近づいて、わざと身体に触れさせたところで悪魔の身体を押さえつけて、後ろから首を絞めた。そのサキュバスも「許して下さい」と泣きながら言っていた。  その妖怪達はすっかりルキに平伏し、悪いことは二度とやらないと誓った。狼男は心を入れ替え品のない金髪を地毛に戻し、きちんと学生生活を送るようになった。  サキュバスは男の精液を飲まないと自身の命に関わるので、相手を殺さない程度に抑えるように心がけるようになった。更生したふたりを見た時は、それは晴れやかな気持ちだった。 「お兄ちゃんって、妖怪退治する時やばいよね」 「あ? なにがだよ」 「いや、容赦ないっていうか」 「ポヤポヤしてたらナメられるだろ。悪さしてんだから、きついお灸が必要なんだよ」  ルキの妹──赤木あかぎひびきは納得しないような顔をする。響はルキの八歳下で、高校二年生。高校を卒業後、妖怪退治に加わる予定で今は妖力の使い方の修行中だ。ルキほど無慈悲な性格ではないものの、芯が強く正義感もあるのでルキは響に期待を寄せていた。  話をしていたら、響が腕時計を見て慌てたような声を出す。鏡で前髪を整えてポニーテールの黒髪を揺らしながら小走りで玄関に駆けていく。 「なんだ、そんなにめかし込こんで。男でもできたか」 「大正解! 今からデートです」 「……は? おいこら待て、どこの男だ」 「お兄ちゃんには関係ないでしょ。あっ、セボンのシュークリーム買っといて。レモン味の炭酸つきで! よろしくね」 「よろしくね、じゃねえよ! おい響!」  響はそう行って跳ねるように出て行った。絶対シュークリームなんか買ってやるもんかと思っていたものの、響の笑顔を想像するとルキは重い腰を上げて原付を走らせる。すっかりケーキ屋の常連客になってしまい、店員からは顔を見るだけで「シュークリームですか?」と言われるようになった。  白い箱にひとつだけ、シュークリームを入れてもらい家に戻る。冷蔵庫の一番目立つ場所に、これ見よがしに箱を置いて響の喜ぶ顔を想像していた。  しかし、それは食べられることはなかった。  響は、遺体となって帰ってきた。  かつてルキが退治した妖怪がルキを逆恨みして、響に近づき、優しい彼氏のふりをして響の命を全て吸い尽くした。  その妖怪は、ルキが殺した。どれだけ妖怪の血を浴びても、満ち足りることはなく、響が戻ってくることもない。ただただ虚無感と消えない恨みがルキを支配した。  正しいと思ってやってきたことが、大切なものを傷つけることに繋がるなんて。自分がこれまでやってきたことに意味を持てなくなり、ルキは妖怪退治をやめた。  ──もう、なにも失いたくない。 もう、だれかに心を寄せるのはやめにする。持っていなければ、なくすことはないから。

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