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 この店がオープンしてもう半年が経った。顧客もつきつつあるが、目新しさはだんだんとなくなってくる。  琥太郎の焼肉屋『しんげつ』とのコラボメニューも好評だったし、レギュラーメニューもグルメサイトやSNS で高評価を得てはいるものの、目新しさがなければ飽きられてしまう。 「なあ、潔子。冬に向けて新メニューを出そうと思うんだが、なにがいいと思う?」 「うーん……やっぱり旬のものを使ったものとか。あとはイベントに沿ったメニューとかですかね。今が十月なので……クリスマスメニューとかあるといいかもです。クリスマスって映えますし」 「なるほどな。潔子でもちょっと考えてみてくれ」 「え、私が考えてもいいんですか?」 「当然だろ。お前はここの店員だし……その、まあ、頼りにしてないこともない……」  玲は照れ臭そうに顔を背けながらつぶやく。  最近はこうやって潔子を頼ってくれるようになって、店のこともこまめに相談してくれるようになった。なにか新しいことを考えたり、メニューを見直したりする時には、必ず潔子にひと声かけてくれる。  ──嬉しいな。こんな私でも役に立ててる……。  パライソに勤めだした時は役に立たずにすぐに首を切られるものだと思っていたが、なんだかんだ続いている。最近は調理も玲に教えてもらいながら、簡単なものならさっと作れるようになった。  パライソのためにできることを潔子自身でも勉強するようになった。休みの日は図書館へ行って広報についての本を読み漁ったり、別のカフェを偵察に行ったり、流行りのカフェのSNSを小まめにチェックしたり。  先日、月に一度の心療内科の受診の時には医者から「いい顔になってきたね」と穏やかに言われた。投薬の治療をやめてみようと言われ、現在は認知療法のみを行っているが、それでもなんら問題はなかった。  それが嬉しくて玲に話したら、玲も自分のことのように喜んでいた。頭をぐしゃぐしゃと乱されても、シャワーを浴びたいとは思わなくなった。 *  定休日の月曜日の昼下がりのことだった。潔子が自室の掃除をしていたところ、スマートフォンが鳴って画面を確認すると、以前の勤め先の同僚から連絡が入っていた。ご飯でも行かないかとお誘いのLINEだった。  その同僚──吉波綾子は、潔子と同期入社で一番の仲良しだった。潔子が後輩社員から彼氏を奪われ、会社であらぬ噂を立てられて精神を病み始めた時でも、常に潔子の味方でいた。辞めてからも潔子を気遣って連絡をくれていたが、潔子からは返事ができなかった。  今の潔子はその誘いに乗る余裕が十分にあったので、躊躇なく「いいよ」と返せた。  早速、その日の晩に綾子と会うことになった。綾子は高身長でモデルのような体型だ。ダークブラウンのショートボブがよく似合う、瓜実顔。気の強さが満面に出ており、曲がったことが大嫌いな体育会系女子だ。大学時代のあだ名は「姉さん」と、入社時の自己紹介の時に綾子が言っていたのを潔子は今でも覚えている。 「綾子ちゃん、久しぶり」 「潔子ちゃん! ああ、よかった元気そう」  綾子はハグをしようと両腕を広げたが、潔子の病気のことを思い出したのかすぐにそれを閉じた。その仕草を見て潔子が咄嗟に謝ると、綾子は首を横に振る。 「ねえ、お店のインスタ見たよ。いい雰囲気のカフェバーだね。店長さんもイケメンだよね」 「イケメンなのかな……あれは……」  最近SNSに玲の調理姿を投稿したところ、若い女性客がわずかながら増えた。なぜだろうかと潔子と玲はふたり揃って首を傾げていたが、そういう理由だったのかと潔子は合点がいく。おそらく玲の見た目は若い女性の心に刺さるのだろう。  ──まあ、確かに年齢の割に若くは見えるか……。 「でもうちの店長、人使いめちゃくちゃ荒いよ。すぐ怒るし」 「そうなんだ! えー、パワハラとか大丈夫なの?」 「まあ、最近は慣れたかな。パワハラってほどでもないよ」  そんな話をしながら、ふたりは小洒落たイタリアンレストランに入る。最近の潔子はこういう場所を純粋に楽しめなくなっており、備品の配置やら店の雰囲気やら、メニューをじろじろと観察してしまう。そんな潔子を綾子も呆れながら笑って、「職業病だね」と言った。

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