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* 「ねえ玲ちゃん、あなた達どこまでいったの?」  今日は潔子が友人と出かけているので、玲は汐乃とルキとしんげつで焼肉を食べていた。ほろ酔いの汐乃からの唐突な質問に、玲はまだ噛み切れていないホルモンを思わず飲みこんだ。喉に詰まり、魚が陸へ引き上げられたように身体を震わせたが、どうにかしてビールで流し込んだ。 「ど、どこまでって……」 「キスは?」  玲の頭の中に目標リストが思い浮かぶ。つい一ヶ月ほど前に『玲のベッドで添い寝』を達成してからは先に進めていなかった。次の目標は『キス(頬)』だが、それは未だに達成できていない。何度か試したものの、潔子が難色を示す。  玲が無理矢理に押し進めればできないことではないが、それではわざわざ目標を立てている意味がなくなる。これは潔子が玲を受け入れるために必要なステップであって、それを玲がかき乱すわけにはいかない。 「あ……今は潔子の治療中なので、それが落ち着いたらいろいろやりますよ……多分」 「玲ちゃんってストイックというか、禁欲的なのね。すごいわ、まるで神様ね」 「玲くんは汐乃さんとは違うんですよ。サキュバスは性欲バリバリですからねえ」  ──サキュバスの性欲と比べんなよ……。  サキュバスは男性の精液を主食としているし、性欲旺盛でなければ務まらない。悪魔としての本質なので、人魚の玲とは比較対象にもならない──という言葉を玲はビールで流し込んだ。 「つーか、汐乃さんこそどうなんすか? 歳下の彼氏とは」 「やあねえ、もう食べたわよ」 「えっ、理性のかたまりのバリバリ硬派じゃなかったんすか?」 「私の方が我慢できないわよ」  汐乃は運ばれてきたレモンサワーを一気にグラスの半分まで飲み、ピンクベージュの唇に舌なめずりをした。  玲と潔子がパライソのオープン一周年記念で忙しくしている間に、汐乃は紺野と付き合いだした。お付き合いを始めても紺野は自分から手を出すことはしなかったが、汐乃から迫った。勿論、悪魔として誘惑したのではなく──普通の女として抱いて欲しいと懇願したらしい。 「はあ……で、どうでした? 硬派の男性は」 「めちゃくちゃよかったわ……ていうかルキさん、私のセックスに興味があるの? あなたも男なのね」 「いえ、別に興味があるわけではないですが……まあ、相手の男性を再起不能にしないなら、お好きにどうぞって感じですね」 「え…………再起不能?」  物騒な言葉に玲はまた肉を喉に詰まらせかけた。どうにか飲みこんで汐乃を見ると、まるで恥ずかしい思い出話をするように汐乃はルキの肩をぱしんと叩くだけだ。 「やだもう! 昔のこと引っ張り出さないで! ルキさんにシメられてからはちゃんとセーブしてるわよ」  ──汐乃さんの過去には絶対に触れちゃいけねえ。希良にも言っとこ。  詳細こそはわからないものの、そのワードだけで玲はなにか──おそらく玲が知ってはいけないことがあるのだと察した。そして奥の厨房で肉を切っている琥太郎にも目を向ける。今でこそ穏やかで優しい父親である琥太郎もとんでもない過去を背負っているのでは──と。  知らない方がいいこともある。玲はその答えに辿り着き、それと同時にすっかり酔いも覚めてしまった。 「ていうか、人魚ってどうやってセックスするの? ずっと不思議だったのよね」  汐乃は声を潜め、玲に顔を寄せる。そこにルキも興味津々の様子で距離を縮めた。玲にとっては普通だが、人魚の性行為は他の妖怪にとって、神秘的というか不思議に映っているらしいと小耳に挟んだことがあった。 「目的によりますね。雌が産卵期に入ったら雄が求愛します。んで、上手くいったら、人間でいうところのバックの体勢で下半身を絡ませる感じっす。二十秒くらいで終わる」 「産卵……そこは魚スタイルなんですね」 「……なんか色気もクソもない話ね」 「教育番組に下ネタを織り交ぜて聞いたような気分です……て、ことは玲くんも雌の人魚の産卵を……」 「そうっすね。初めては十七歳でした。まあ産卵目的じゃないときもありますよ。そんなときは下半身は使わない……って、あれ、どうしたんすか?」  ルキと汐乃の顔が凍る。なぜそんな顔をされなければならないのかわからないが、玲がサキュバスの生態を理解できないように、ふたりもまた人魚の生態を理解できないのだろうと解釈した。  ただ、誰と生殖行為をしたのかという点では人魚の間でも話題にするのはタブーなので、この先誰かに話すつもりもないが。 「それ、潔子ちゃんには絶対言っちゃだめよ?」 「言わねえっすよ! そんくらいはわかってます」

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