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「ハンバーグお待ちい! 今日は特製和風きのこソースだよ、召し上がれ」  そこへ友人である店主がハンバーグを満面の笑みで持ってくる。潔子の意識がハンバーグに支配された。 「わ、わあ……本当に美味しそうですね」 「お、おう。とにかく盗む気で食えよ潔子」 「こらこら、店主を目の前にしてなんてこと言うんだよ、玲」  ふたりの胸に宿ったいつもと違う感情はハンバーグの魔力によって、その場ではかき消されてしまった。  ナイフを入れるとふんわりと刃を受け入れて、肉汁が溢れ出てくる。上質な脂がソースと絡み、口に含んだだけで一気に幸せな気分に浸る。店主がしっかりとこねて、絶妙な火加減で焼き上げたハンバーグ。そして、きのこソースも旨味成分が出ていて美味。  幸せそうに食べる潔子を見ながら、もっといろいろなところでこんな時間を過ごしたいと思った。ひとつのテーブルを囲んで、美味しいという感情を潔子と共有したい。この先もずっと。  ──他の男に、このポジションは譲りたくねえや。  そうしてふたりはライスの一粒も残すことなく完食した。満足そうにお腹を撫でる潔子を見ていると、玲も気分がよかった。  帰りもまた二輪にふたりでまたがり、少し遠回りをして帰った。クリスマスが近くなり街の至る所でイルミネーションが飾られていたので、ふたりで立ち寄ってみた。赤から青、青から緑に色を変えるイルミネーションを見ながら潔子は「綺麗」と呟く。 「なあ潔子、もしお前を絶対に裏切らない男がいたら、そいつと付き合うか?」 「……またその手の話題ですか? 今日はどうしたんです?」 「いいから答えろよ」  やれやれ、と言いたげな顔をしつつも潔子は玲への回答を真剣に考えだした。眉間にしわを寄せてうん、と唸る。 「そうですね……絶対に裏切らないなら」 「じゃあ……俺とか超おすすめですけど? ど、どうよ」  我ながらよく言った。玲は大きな仕事をひとつ終えたような気分で、潔子の反応を待った。  潔子は真っ直ぐにピンク色に点灯するイルミネーションを眺めていたが、口を開きかけた。だけどまたすぐに結ぶ。その様を玲は食い入るように見ていた。玲の方へ振り向いた時には呆れたような笑みがあった。 「玲さん……いくら忙しくて彼女ができないからって、手近な女で済まそうとしちゃだめですよ」  ──え? いや、そういうわけじゃなくて……。 「もう恋愛の話題は禁止です。あんまりしつこいと、セクハラで訴えますからね」  ──俺はなにを間違えたんだ……?  その後、潔子は一切口を聞かなかった。行きはあんなにもはしゃいでいた二輪でも、玲の腰につかまったまま終始無言。ビルに到着した時も素っ気なく「ごちそうさまでした」とだけ言って部屋に戻ってしまった。  玲は自室に戻り、ひとまず浴室へ直行する。バスタブに水を溜めてからその中に浸かってぼんやりと天井を眺めた。顔の半分まで水の中に浸かり、尾ひれを左右にぶらぶらと揺らす。  潔子に嫌われてしまったかもしれない。そんな思いがのしかかると、尾びれもだらしなくバスタブの縁に張りつくだけ。  ──やんわりと、振られたのか?    目頭が熱い。右手で両目を塞ぎ、唸り声混じりの溜息をついた。

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