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「けど、希良くんは吸血鬼以外の何者にもなれんとよ。それをよく覚えとかんと」  希良はその大きな目を潤ませて項垂れる。琥太郎の口調は優しいけれど、その言葉は希良の背中にずしりとのしかかる。そんな希良を玲も汐乃もなにも言わずに見守っていた。 「やけん、希良くんは希良くんのままで生きればいい。日中に無理する必要はなかよ」  希良はごしごしと目をこすってから、にっと白い歯を見せる。 「うん、無理はしないようにする。筋トレだって無理したら身体壊しちゃうしね」 「結局筋トレに結びつけるのかよ」 「筋肉オタクは揺るがないわね」  住人達が解散して、パライソの中には潔子と玲のふたりが残っていた。明日の仕込みをしながら、とつとつと話をする。潔子はこの時間が特に理由もなく好きだった。理由を探すとなれば玲の声がほんの少しだけ優しくなるという点かもしれない。伝えると、面倒くさそうなので潔子は黙っていたが。 「……琥太郎さんが言ってたこと、なんだか沁みましたね」 「ああ、うん。満月の時はあの人もグラついてたけどな。でもまあ……うん、いいこと言ってんなあとは思ったな」  鶏肉を揉みこみながら玲は小さく笑う。その横顔を見ていたら、潔子の胸の奥がじんわりと温かくなった。熱に溶かされたチョコレートみたいに潔子が口元を緩ませると、玲は「ん?」と 小さく首を傾げた。  その翌週からも希良のジムはやっぱり夜のみの営業だった。昼の営業のことを未だに尋ねられることもあるようだが、希良は慣れたようにいつもの建前を口にする。 「よく考えたら、人が増えすぎたらこのジムの良さが損なわれちゃうかなって思ってさ」 「そうだな。俺はこのくらいの人数の方がやりやすい。希良からきちんと指導もしてもらえるし」 「うん。そういうお客さんも多いみたいだから、今まで通りでいいかなって」    希良は晴れ晴れとした顔をしている。潔子と玲はそれを見て安心していた。  利用料の精算をする時に、希良が潔子と玲にA5サイズのチラシを手渡した。そこには『ファムファタル』と書かれている。汐乃のサロンの名前だ。  今更だが玲と潔子は希良のジムと汐乃のサロンが業務提携をしていることを知った。トレーニングで疲れた身体を癒すためにジムからサロンへ誘導することもあれば、凝り固まった身体を解すために身体を鍛えるのがいいと言ってサロンからジムへ誘導する──身体のことを専門とするふたりが業務提携をするというのは理に適っているのでは、とふたりで話しながら思いついたらしい。

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