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 ──うっわ、本当に狭い。  入浴時、湯船に浸かると玲は人魚の姿に戻る。下半身は魚の形をしていて、上半身と合わせると全長二メートルは超える。  潔子が浴槽の壁にぴったりと背中をつけて片隅で膝を立てて座っているにも関わらず、玲の尾びれはだらりと浴槽の外に垂れている。お互いの裸を初めて見るというのに、この居心地の悪さのせいでそんなものを気にする余裕もなかった。  下半身の部分には中心に太い骨があって、そこから細い骨がくっついており、人骨に比べると柔らかくしなやかに動く。これは海の中で抵抗を受けず、かつ最低限の力で泳ぐための構造だ。と、玲が淡々と話していた。  玲に許可を取って潔子は玲の尾の部分に触れる。虹色の鱗が無数についており、ざらりとした手触り。尾びれはぬめぬめしていた。 「抵抗なけりゃ、そのぬめぬめを手とか顔に塗り込むといい。よくわからんが、海洋成分が含まれてて肌にいいんだとよ。それで一時期人魚が乱獲されたらしいけど」 「へえ……玲さんもお肌は綺麗ですもんね……。というか、そんな大変な歴史が……」 「だいぶ昔の話らしいけどな。海の底にいたジジイが言ってたよ」  若干の抵抗はありつつも、手に塗り込んでみると、手が濡れているにも関わらずぐんぐんと吸収していく。荒れていた手に心なしか艶が出たように見えて、潔子はもう一度それを塗り込んだ。調子に乗って顔と鎖骨と首をマッサージするように擦りこんでみると、肌が柔らかくなった。 「……す、すごい。本当に艶が出た。どんな美容液よりも効きますね」 「へえ……新たなビジネス始めるかな……」  こうして初めての入浴を終え、目標リストにペケをつけた。思いの外さらっと済んでしまったことに涙がじわりと浮かんでくる。  ──やった、やってやったぞ。  残る目標はひとつになった。潔子にとっては長い道のりだった。 「残りひとつか、頑張ったな。お前にしたら、だいぶ汚ねえことばっかだったんじゃねえか」  玲は目標リストを手にして項目を指でなぞる。そしてペケ印がついていな項目で指を止めた。唇にキス、だ。  人の口内は汚れている。そのイメージが潔子の頭にこびりつき、離れない。玲のことを汚いと思っているわけではないが、その行為に踏み込むのは怖い。 「キスできなくてもひとまず旅行には行けそうだし、まあいいだろ」 「あの……玲さん、キスもできないような女、嫌じゃないんですか」 「んー……まあ、キスしたいかしたくないかでいえば、そりゃあしてえよ。けど、それで……お前がまたあんなふうになったら、嫌だし」  玲は手の甲で自身の頬をぱちぱちと叩く。裕也が現れて潔子の病気が再発した時のことを話しているのはすぐにわかった。潔子だってあの時のことを忘れはしないし、悪かったとも思っている。そして、玲がそれを責めているわけではないことをわかってもいる。  玲は潔子を焦らせるようなことを言わない。気持ちが楽になるようにしてくれている。それを痛いほど感じて、こんな自分が嫌になった。 「まあ、ひとまずおっぱい触らしてくれるようになってるし、今はそれでいいかなって思ってるよ」 「え? いやそれは別に……許したわけでもないんですが……」 「そうなのか? 別に服の上だからいいだろ。悪くないぞ、お前の。幸福感はある」 「玲さん、やっぱりただの変態じゃないですか……」

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