儚く吐かない
気づいた思いやり

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 都心のビル街の一角にある屋根のない喫煙所は、建物を囲むような広い十段くらいの階段を 上がった先にあって、通行人に煙の迷惑をかけることはない。  いくつか設置されている灰皿の周辺に人が集まっていたり、個々が携帯灰皿で吸っていたり。  俺たちにとっては貴重な時間と場所とはいえ、傍からみれば大勢の喫煙集団なのだから 異様な光景でもあるだろう。  そして、ビル内で働く階も部署も企業も様々なので、俺と高橋は同じ職場でも、鈴木のことは よくわからなかった。  自身についてあまり話さず、ひたすら煙草を吸いまくり、吸う合間に俺たちの会話に少しだけ 割って入る程度だったからだ。 「高橋が結婚できたのが佐藤のおかげって、どういうことだ?」  そんな鈴木が急に思い出したかのように聞いてきた。 「人の人生を左右するようなことができたって......佐藤は何をしたんだ?」  珍しく鈴木が食い下がってきたので俺は話して聞かせた。    高橋と知り合ったばかりの頃に喫煙所でいつものように談笑していたら、社内での意中の女性を デートに誘いたいけど、どうすればいいかわからないと相談された。 「だったら映画がいいんじゃないかな?適度な距離で並べるし、映画のマナーから 相手の性質の良し悪しがわかるし、観終わってから自然と食事かお茶に誘えるし、 映画の内容を話し合えば会話の途切れに困らないし」  映画マニアのレベルである俺は、映画を通じて知り合った仲間が男女共に多いほどだ。  スマホで公開中の映画を検索して、更に友人連中からの情報も集めて、女性向けで クセが強くなくて、楽し気な感じの作品をみつけてすすめてみたわけだ。 「佐藤、おまえ......すげえな!」  なんだか尊敬の眼差しで言われたが、俺は高橋が、この年齢までデートさえ経験ないほど 奥手であることのほうに驚いた。  高橋は社内で老若男女に好感度の高い人気者だったからだ。  優しくて、気配り上手で、更に人間観察に優れていて、ほんの些細なことに気づけるのは、 もはや人柄というよりは特技という気がする。  あるとき女性社員が明るく業務していたら「大丈夫?なんか無理してるようにみえるけど」 と、田中が言った途端に、泣き出したことがあった。  彼女は失恋して傷ついて、それを悟られまいと元気に振る舞っていたのだ。  誰にも話せず辛かったと吐露した彼女を、仲良くしている女性社員たちがなだめ始めた。  そして女子会しよう、飲みに行こうと、ささやかに活気づいたのだ。 「高橋、おまえ......すげえな!」  俺はそのときのほうが、高橋に尊敬の眼差しを向けて言った。

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