第六章 十一月下旬~十二月下旬 9 9 十二月二十八日、三時で仕事納めの日である。 「おはようございます」 とオフィスに入って行った春夫にいつものひと際大きな声が返って来ない。 「まだ、来てないのか」 とオフィスを見渡せば、明美は、パイプ椅子に腰かけて、矢野主任と話し合っている。 朝からお仕事の話かと思ったら違った。 戻って来た明美の手には、谷中の家で見た塗り絵の本があった。 「矢野さんも始めたいって言ってたんで持って来た」 「いきなり、ハイレベルの塗り絵でも大丈夫でしょう」 「もちろん、大丈夫」 「見せてください」 佐和子が腕を伸ばす。 「うわあ」 という声をあげた。 自分と同じ中身の緻密(ちみつ)な絵柄に驚いたに違いないと春夫は思った。 「きれい。でも、けっこう複雑」 「そこがいいの。佐和子ちゃんもやれば」 「ウーン、ありがとう。多分、私は、続かない」 佐和子は、笑いながら、塗り絵の本を明美に返す。 「見せて、見せて」で明美の塗り絵は、朝の朝礼前に松尾、瀬川主任、渡海、吉村係長、業務の浮田係長を経て木川課長まで渡った。 「凄いね、こりゃ」 木川課長が、声をあげて塗り絵のページをめくっていく。 「恥ずかしいです」 明美は、声をあげ、木川課長の所に歩み寄り塗り絵を返してもらう。 十時近く出社が多い三田部長が、仕事納めということでか、九時前に出社した。 「おはようございます。今日のお昼で仕事は終わりです。午前中はデスクの片づけ、資料整理、来年一月六日からすぐ動けるようにするための準備といったことに時間を使ってください。三田部長の方から何か?」 「特にはないけど、仕事納めの日なので、ちょこっとしゃべらせてもらおうかな。先日の営業でも話したように当社は、今、順調に数字を伸ばしています。幾ら素晴らしい商品が出来ても営業が頑張り、数字に繋げなくちゃ意味ないんでね。頑張ってもらいたい。頑張るためには、とに角、健康です。日々、健康に気を付けて、二〇二〇年をいい年にしましょう」 三田部長の言葉に皆頷いた。 「来年も本当に頑張らなくちゃね」 春夫と視線が合ったのに明美が小さな声で言った。そこには、文房具会社フェルシアーノの営業部員としての強い意志が感じられたのだった。[了]
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