第六章 十一月下旬~十二月下旬 8 8 次の週初め、春夫は、「ファンーショップ丹羽」を訪ねることになった。 浦和駅近くのコインパーキングに車を止めて五,六分の場所にベージュ色の七階建てのビルがあった。 明美が言った通り、おしゃれなショップである。通路も十分な幅があり、訪れたお客はゆったり商品を眺めることが出来る。 コーナーが、ひとつ出来ていた。クリスマスにふさわしい小さなクリスマスツリーの飾り物だったり、トナカイとサンタクロースのガラス細工などが置かれていた。 ご主人はがっちりした体格で日に焼けた肌をしている。鼻が高く目の周りに皴があり腹は出ているが、若い時はもてたに違いないと思える風貌をしている。だから、明美は、喫茶店でふたりだけで会うのを承知したのでは、と思えてしまう。 奥さんは、痩せぎすな女性で、ご主人に似て鼻が高い。唇が薄く会社に乗り込んで来たという先入観が春夫の気持ちの中に宿っているためか目に気の強さが感じられた。 名刺を交換した春夫は 「とても綺麗なショップですね」 と第一印象を言った。 「ありがとうございます。並べる商品が少し位すくなくなっても余裕あるショップ作りを心がけました」 と奥さんが言えば、 「レイアウト担当」 ご主人が奥さんの方に掌を差し出す。 「センスいいですね。そういうお仕事なさってたんですか?」 「いえいえ、五年前までアパレル関連の業界にいましたけど、まるで、関係ありません」 はきはきした口調で奥さんは答えるが、とげとげしくはない。担当者が変わったことで安心したのだろうか。 春夫は本題に入った。出来れば獲得したいコーナー設置の件からだった。 「コーナー設置は、正直、私は前向き、こちらは時期尚早だったんですが、今回は、妻に譲ることにして、特に、フェルシアーノさんのコーナーということでなく、ひとつの商品として、ペンケースとポーチを置かせていただくことにしました」 ご主人が言った。 「この人、前向きを通り越して前のめり状態でしたけどね。ごめんなさい、なにしろ新しいお店でしょう。お宅だけに肩入れすると、他の納入業者さんに義理を欠くような気もして」 「いえ、全然かまいません。昨日出来上がったポーチの動物柄のおもしろバージョンのリーフレットです。どうぞ」 春夫は、ふたりの前にリーフレットを置いた。 「いろんな動物がいて、動きや表情をうまくとらえてますね」 「面白いわね」 奥さんは、笑顔を作った。 「この人が、さっき言ったように「大人の女性のためのペンケース」と花柄と動物、二種類ありましたよね?文房具ポーチ、この新デザインのも含めて並べさせていただくことになると思います」 「ありがとうございます」 春夫は、ふたりに向かって丁寧に頭をさげた。 「まだ、半年ちょっとのショップなので、うまく軌道に乗るかどうか未知数で、今は、オンラインショップに助けられている感じなのよね」 「成功を祈っています。本当に素敵なショップで、きっとうまくいくと思います」 「二年頑張って駄目ならここは、パン屋さんになっています」 ご主人が言ったが、間髪入れず、 「だめよ。絶対つぶれる。独創性あるパンなんてあなたに作れないし、近所にもおいしくて売れてるパン屋さんあるから無理」 奥さんは、決めつけるかに言ったのだった。 やっぱり、気が強い人だ。日頃からご主人を尻に敷く部分があるに違いない。それが、明美に魅かれた要因になった可能性もある。春夫は、にこやかにビジネスの話に戻し、問屋や卸値といった説明をし、帰る準備を始めた。 ご主人が、明美について聞いて来たのは、春夫が椅子から立ち上がった時だった。 「美人のOLさん、西野さんでしたか、お辞めになったわけじゃないんでしょう?」 「辞めてません。ただ、今回は、売り上げアップのために会社的に受け持ち地域の変更をしましたので」 「西野明美さんの大ファンになったのよね」 奥さんが、嫌みたっぷりご主人に視線を投げるのにご主人は言葉を返さず、春夫が鞄を閉じるのを待っている。 「頑張ってくれるようお伝えください」 「承知いたしました」 長居は無用だ。春夫は、早々に「ファンシーショップ丹羽」を出たのだった。 「お手数おかけしました」 その日の夕方、木川課長を前に打ち合わせテーブルで横に座る明美が春夫に向かって頭を下げた。 「一件落着だな」 「はい、まだ、初心者マークをつけて走っている状態で奥さんも何かと神経質になっているんだと思います」 春夫は、答えた。
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