ニューハーフ OL
第五章 九月下旬~十一月中旬 5

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      第五章 九月下旬~十一月中旬 5               5 「久しぶり、どこに消えてたのよ」 「連絡位してくれたっていいでしょう」 「元気してるの?私、心配してたんだから」  次々、派手な衣装のニューハーフ達が来ては、明美と短い会話を交わしては自分の席に戻って行く。   「アキラ、ユイちゃん、元気にしてるの?」  明美がアキラに聞いた。 「もう、この店にはいないわよ。引き抜きにあって、さよならされちゃった」  アキラが、声を潜めて答えた。 「えっ、ユイちゃん、引き抜きにあったの。ママ、何も言ってなかったわよ。どこのお店?」 「舞姫」 「いつのことよ?」 「やめるって宣言したのは、六月で本当にいなくなったのは七月」  アキラは続けて何か言おうとしたようだが、やめにした。  美穂子ママが若いニューハーフを連れて来たのだ。 「紹介するわ。うちの新人のマスカットちゃん。まだひと月ばかりだけど、ショーの期待の星。瑠璃ちゃんと瑠璃ちゃんが勤める会社の、ええっと」 「佐伯です」 「そう、佐伯ハル君とお友達の冴子ちゃんだったわよね?」 「はい」 「いらっしゃいませ。新人のマスカットです」 「マスカットって私の故郷の名産品ね」 「どちらですか?」 「山梨」 「すいません」 「あなたは謝らなくていいの。私が付けたんだから。偶然の一致よ」  と、美穂子ママ。それにしても、明美に劣らない美形のニューハーフだった。面長で髪をアップにして広めのおでこを見せている。黄色に白のレースのラインが入ったドレスが可愛い。 「どうも。すごい踊りうまいんだって?」  明美が言った。 「いえ、いえ、未熟者でございます。瑠璃さんは、ジャズダンス踊れておまけにタップもうまいんでしょ」 「もうすっかり踊りのことは忘れた。今は、文房具会社の営業でOLしてます」  明美は、ハンドバッグから名刺を取り出してママとアキラとマスカットに配った。 「西野明美さんっていうんですか?」 「そうよ。何から何まで女性として扱ってもらってましてよ。こちらの佐伯さんに会社での子守り役やってもらってます」 「もう、それは、卒業した」 「大変でしょう。夜の世界しか知らないニューハーフの人に昼間の仕事を教育するなんて」 「いえ、営業センスがいいし、頑張り屋さんなんで助かりました」 「そうなの?ちょっと、残念だわ。でも、いらない、となったらいつでも連絡してくださいね。ラウンジスリーで引き取りますから。このマスカットちゃんとタップでコンビを組ませようかなんて案も浮かんで来たりして」 「あきらめてください。フェルシアーノにとって西野さんは、貴重な戦力ですから」  春夫は、きっぱり言った。これだけ言えば、明美も納得だろう、と思う。  美穂子ママは、反論することなく、 「宍戸さん、もう少しすると来ると思うわ」  と明美に言った。 「ママ、ひょっとして、私が今日来ること宍戸さんに言いました?」 「そりゃあ、伝えるわよ。あなたの踊りが、上達したのは、宍戸さんのおかげでしょ。感謝の気持ちを忘れちゃだめよ」 「忘れてないけど、今日はいらなかったわ」  明美は、明らかにふてくされた態度を示したのだった。    冴子が、春夫の太ももを軽く叩いた。    ほぼ、間違いない。明美のいろいろあってのお相手は、ラウンジスリーの従業員でもなく経営者でもなく、ショー演出家というわけだった。ニューハーフクラブの世界に疎い春夫である。そこまで頭が回らなかった。 「ママ、私、いいですか?」 「うん」 「失礼します。瑠璃さん、たまには、遊びに来て踊りのアドバイスとかしてください」 「分かった。マスカットちゃんも頑張ってね」  明美の激励にマスカットは、お客さんの席に戻って行った。 「綺麗な子でしょう?」 「うん、芸能プロダクションからスカウトされるんじゃない?」 「あったのよ。こないだ道歩いている時、シルクプロモーションから声かけられたって、嬉しそうに言ってた」  シルクプロモーションは、何人かの有名女優が在籍している中堅プロダクションで春夫もその名前を知っていた。 「ひょっとして、女性としてですか?」 「そう、ニューハーフとしてお勤めしてるって言ったら、離れていったみたいだけど」 「私も新宿東口出たところで何年か前、スカウトされたわよ。アダルトぽかったんで無視したけどね。でも、女性と間違えられるとちょっと嬉しいものよね。アキラには分からないだろうな、永久に」 「むかつく」  アキラが言った時、「ママ」という呼ぶ声が近くで発せられた。  高齢のステッキを持つ男性が立っている。恰幅(かっぷく)がよく、髪は黒々としているが、長いもみあげの下の方は、白髪になっている。 「いらっしゃい。瑠璃ちゃん、久しぶりでしょ?」 「おおっ、瑠璃ちゃん。どうして、僕に黙って辞めちゃったのよ。ママに聞いたら、堅気の仕事についたっていうことだけど、何してるの?」 「OLです」 「OLだったらうちの会社に就職すればよかったじゃない。どんな会社?」 「まあ、そういうことで」 「水臭い奴ちゃなあ。まあ、無理して聞かんけど。転職したくなったら、遠慮なく声かけてくれれば面倒みるから」 「お席、いつもの所、ご用意しております。ごゆっくり楽しんでいって」  春夫と冴子に声をかけ、ママはステッキを持つ男性を案内して一番前の右側の席に連れて行った。 「常連客?」  春夫は聞いた。 「そう。ねえ、瑠璃ちゃん。真中さん、この前来た時、私がついたんだけど、昔、ママに本気で恋してたなんて言ってたけど、本当かな?」 「知らない。まあ、真中さんが本気でもママはそうならなかったと思うけどね」」 「言える」 「うちのママ、今じゃ貫禄十分だけど、若い時は顔もほっそりして美人だったのよ」  アキラが、言うのに 「何となく分かります。今でも色っぽさを感じます」  冴子が答えた。 「私といい勝負かしらね?」 「うーん、お答えは控えさせていただきます」 「佐伯さん、さっさと別れちゃいなさい」  アキラの言葉に席は盛り上がる。 「時間よ」  とアキラの背中を叩き赤のキャバドレスを着たニューハーフが過ぎて行く。 「ああ、悪夢の時間が来たわ。皆さま、せいぜい笑ってくださいませ」  しなを作って頭を下げるとアキラは前方に歩き、左に折れて赤いキャバドレスの仲間に続いて扉の向かうに消えた。 「間もなく、ショータイムのお時間でございます」  アナウンスが流れ、ラウンジスリーの店内が、暗くなった。

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