第五章 九月下旬~十一月中旬 6 6 管楽器を中心とした軽やかなリズムに乗って、ニューハーフ達が舞台の両側から登場する。白のセパレーツの水着のような衣装、ひらひらした揺れる紐状の飾りがついている。 全員がそろっての見事なダンス、とはいいがたい。さっきまで席についていたアキラともうひとりのいかり肩のごつごつした体形のニューハーフの踊りがぎこちなく映る。 「ヘイッ」 曲のラストの決めポーズでもアキラと右から二番目が、ワンテンポどころかツーテンポ、スリーテンポ遅れた。 「明美ちゃん、アキラさんと右から二番目の人、わざとですよね」 「二番目は、カリナちゃん。さあ、どうかしらね。企業秘密」 明美は答えを教えてくれない。 スタンダードジャズといった感じの曲に合わせた踊りが終わり、舞台が暗くなった。再び舞台にスポットライトがあたると、三人のニューハーフの姿があった。 アキラとカリナとマスカットだった。三人とも衣装が変わっている。舞台袖に消えてからもの一分も経ってないんじゃないか。びっくりの早変わりである。 「ねえ、あんたが新入りのグレープ」 アキラが口火を切る。 「グレープじゃなくて、マスカットです」 「分かってるわよ。言ってみただけ」 「ねえ、テストした演出の宍戸が、テストして素晴らしいって言ったらしんだけど、私達がチェックしてあげるわ」 「怖いです。そのルックスにそのガタイ」 マスカットが、アキラとカリナを交互に見る。アキラが小柄でふっくらしているのにカリナの方はと言えば、いかり肩で背も高くデコボココンビだ。 「ルックス?ガタイ?言ってくれるわね。まあ、いいわ。ここに来るまで、踊りは習って来たの?」 「ちょっと」 「ちょっと位じゃ此処ラウンジスリーじゃやっていけないわよ。いいわ、私達がどの程度か見てあげる。ところで、踊りは、何やって来たの?」 「子供の頃はバレー、それからヒップポップにジャズダンス。最近は、タップダンスも少々」 「カリナちゃん、聞いた?チェック始めるわよ」 「分かりました。どうぞ」 「何、その冷めた感じ。じゃあ、ジャズダンスの基本ステップね。パトブレやってみて。ちょっと待って。お客様分からないでしょう」 アキラは、近くの席に語りかける。 「知らない」 男性客の答えが返って来る。 「それでいいのよ。それが、普通。カリナちゃん、パトブレの見本お願い」 「了解、お客様、よーくご覧になって。ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。ご理解出来まして」 カリナは、パトブレのステップを踏むが、ぎこちない。けれど、演技だったらうまいものだ、と春夫に思わせる。 「バッチシ、ご理解出来ました」 先刻のお客が答える。 「じゃあ、マスカットちゃん、アンタの番よ」 「やらせていただきます。ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト」 マスカットは、カリナより三倍位のスピードで、パトブレのステップをふたりの先輩の前で踏んで見せる。 「下手ではないわね。じゃあ、今度は、シュレ。お客様、シュレは、体を連続回転させる技です。カリナちゃん」 「うーん。私、昨日、階段踏み外して、片足立ちしんどいからアキラちゃんやって」 「随分、都合よく階段踏み外したわね。いいわ。ふたりとも、後ろにさがって、行くわよ」 アキラは、体を回転させるシュレを繰り返して見せるが、小太りの体が、よろける様は如何にもおかしく、冴子の大笑いを誘った。 マスカットは、優雅に流れるかに体を右から左に回転させながら移動させた。アクセルターンも断然の差である。 コント自体は、ありきたりだが、マスカットの躍りのレベルが、極めて高いのをラウンジスリーを訪れたお客に伝えるには十分だった。「素晴らしい」「素敵」明美は、舞台上のマスカットに賞賛の言葉を惜しまなかった。 明美が来るのを想定して美穂子ママが、宍戸という演出家に頼んだ結果のコントかも知れない、と春夫は思った。 アキラ、カリナ、マスカットがいなくなった舞台に琴の音が静かに流れ、それが、華やかな音楽に変わると着物姿のニューハーフ達が、現れた。様々に変化する照明の彩りと速いテンポの舞踊があでやかな世界を舞台に作り出す。 春夫は、唯々その空気の中に飲み込まれた。冴子もひと言も発することなく身を乗り出して見入った。踊り終わった四人に春夫も冴子も大きな拍手を送っていた。 ラウンジスリーのホームページの挨拶で美穂子ママがショーに力を入れている店であると言っていたが、その通りだった。この華やかな舞台を演出しているのが、宍戸という演出家なのだ。久しぶりに踊りの軸を担(にな)っていた明美が来たのだ。ショーが終わったら此処に来るかも知れない。早くその姿を見たいと思った。 舞台は再び暗転した。少しの間を待って、最初のメンバーによるダンスに変わった。 今度は、ふたりずつのダンスだった。数分踊ると次のふたりに変わるという構成だった。アキラもカリナも踊る。マスカットは、最後の三組目に登場して、優美な流れの中にキレッ、キレッのステップを披露した。 隣の明美は身を乗り出して、半年程前まで自分が踊っていた舞台を見つめている。 着物を着て踊ったメンバーも最後に出て来てフィナーレだった。ラインダンスを踊るように肩を組み、片足を前に出しての挨拶でショーは終わった。 店の中は、ショーが始まる前に戻った。。 「どうでした」 マスカットが、自分の踊りが明美の目にどう映ったか聞きに来た。 「最高だった。悔しいけど、私より素質あると思うわよ」 「そんなことないですよ」 「とに角、ランジスリーを盛り上げてちょうだい」 「頑張ります」 マスカットと入れ替わるように、Tシャツ姿の男が春夫達の席にやって来た。
コメントはまだありません