第六章 十一月下旬~十二月下旬 3 3 「フェルシアーノの社員としてインタビューされる以上、当然、会社的判断が必要なので自分が調整すると言ってた」 「うん」 「取材の趣旨など事前に自分が聞くことになるかも知れない、とも言ってたわよ」 「西野さんとしては?」 「もし、週刊文化情報から正式に申し込みがあったら、受けようと思う。理由は、大きく分けてふたつある。ひとつは、会社のためになると思うから」 「商品紹介をさりげなく持ち込むとか」 「そう、さりげなぁくね」 明美は笑い、続けた。 「とにかく、社長が言ってたフェルシアーノ株式会社の名前を広めるのに少しは貢献出来るはずよね」 「間違いない。もうひとつは?」 「専門学校に通っていて就職活動した時の話、覚えてるでしょ?」 「覚えてるよ。あれでしょ。女性のファッションでお勤めしたいって面接で言ったら、即座にお帰りください、って言われた」 「そう。あの時の悔しさが、けっこう、私の中に残っているのよね。あくまで、女性として一般企業で働いている例として私が登場すれば、そうしたい子達のためになるんじゃないかしらね」 「トランスジェンダーの人達が、女性として会社で働ける会社作りに役立てるか、素晴らしいね」 「でしょう?そのために、取材を受ける場合は、ひとつこちらの希望を言わせてもらうことにしたの」 「何?」 「グラビア記事にしてもらいたいこと」 「グラビア一ページに西野さんの写真をドーンと載せろっていうわけ?」 「もちろん、カラーでね」 「強気。だけど、子守り的には心配が膨らむんだけど」 「なあに」 「タレントとして契約しないかっていうプロダクションが出て来たリ、ニューハーフクラブのショーで活躍してたとか書かれたりしたら、高い給料で雇いたいっていうショーパブに勧誘されるかも知れないっていうこととか」 「タレント活動は興味ないし、今で飽和状態と思うからないと思う。高い給料ってどの位?」 「ラウンジスリーの時の二倍とか」 「もう一声」 「ありえないだろうけど、三倍とか」 「三倍。動物バージョン忘れました。お世話になりました」 明美は頭をさげたが、 「冗談よ。やりがいってものがあるでしょう。今、本当にフェルシアーノ株式会社の営業のお仕事を楽しませてもらってるわ」 と続けたのだった。 翌日には、会社としての結論は出ていた。明美さえよければ、オーケーだった。 明美は、グラビアを条件で受けるつもりだと木川課長に伝えた。 今回の文化情報の話に、塚田社長は大乗り気だった。 明美が、営業から帰り、日報を書いていると塚田社長がやって来た。 「グラビアページに相手が渋ったら、私に電話まわしてくれていいから。ニューハーフ、今風にはトランスジェンダーか、社会的に認知させるために週刊文化情報も協力しなさい、って言ってやるから」 「ありがとうございます」 「西野さんの記事が大きくなったら、トランスジェンダー、慣れんと言いにくいな」 「社長、いいですよ。ニューハーフで」 「うん、あれだ、西野さんの記事が文化情報に大きく取り上げられたら、私も入れてくれっていうニューハーフの人が殺到しますよ、なんて武井部長が心配してたけど、その時になって考えればいいと言っといた。それから、これは、ついでにだけどな。うちの商品をさりげなく」 「分かってます。さりげなく、紹介するつもりです」 「そうか、フェルシアーノのコーナーのこととかもね。あくまで、さりげなくな」 塚田社長は、そこにいる営業部員達の笑いを誘いながら、さらに付け加えたのだった。 「フェルシアーノ株式会社は、文房具界のディズニーをめざしています、これ位言うの許可するから」 と。 週刊文化情報からの明美への取材申し込みは、翌々日の朝、会社に電話であった。 記者の名前は編集長代理の肩書を持つ須沼という男性だった。「関西の大学で佐野店長とは同じゼミで仲良かったみたいだけど、言葉は全然関西の言葉じゃなかった」と言った。 明美は、インタビューを受ける条件にグラビア一ページに自分の全身写真を掲載することを承諾させた。須沼は、見開き二ページで、ニューハーフクラブで働いていた明美が、夜の世界から脱却し、一大決心の元、文房具会社で営業レディとして頑張っている姿を描く記事にするつもりだ、と答えたとのことだった。 須沼からの電話で、これまで「社内的には、ハル君だけに教えたんだからね」と言っていたラウンジスリーの名前を周囲にも聞こえる声で明美は言った。
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