ニューハーフ OL
第五章 九月下旬~十一月中旬 4

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      第五章 九月下旬~十一月中旬 4               4  パエリア専門店「ミリー」からラウンジスリーまでさほどの距離ではなかった。新宿二丁目というプレートがビルに貼られた道に入って数分で着いた。小さなスナックなどが多い一角だが、ラウンジスリーは、比較的大きなビルの中の五階にあった。    自動ドアがスライドすると和服姿の美穂子ママが出迎えた。男性が化粧をしたという印象は否めないが、ふっくらとした適度の頬の膨らみと目、鼻、唇のメリハリが、妖艶な色っぽさといったものを春夫に感じさせたのは事実である。 「待ってたわよ」 「ニューハーフクラブって所に一度行ってみたいっていうお友達同伴で来ちゃった」 「ひとりじゃ来づらかったわけ?」  ママは、明美を軽く睨んだ。 「そうじゃないけど」 「とにかく、来てくれて嬉しいわ」  そう言うと、美穂子ママは、三人を席に案内する。 「階段になってますから、おふたりさん、下向いて歩いて転ばないように注意してね」  背中を見せたまま、美穂子ママは赤いカーペットの上を前の方に移動していく。     ショーを観やすくするために十分な配慮がなされているクラブだった。席は、前の席と段差を設け、しかも、ジグザグになっている。    二列目の中央部の席に案内される。 「VIPのお客様用の席に、ご案内?いいんですか?」 「いいわよ。ちゃんと観てもらわないと評価も出来ないでしょう」 「そりゃあ、そうだけど。ママ紹介します。こちらフェルシアーノの同僚佐伯ハル君とカノジョの冴子ちゃん」 「ようこそ、いらっしゃいました。夢の世界にごあんなーい、って程でもないけどね、楽しんでいってくださいな」  春夫と冴子が紹介されるのにママは四隅に丸みを持たせた名刺を渡して挨拶した。  名刺には、「美穂子」と名前が書かれている。 「あとで電話で話した子、連れて来るわ」  そう言うと、美穂子ママは、入り口の方に戻って行った。 「想像したより広くて大きくて明るい」  春夫は、ラウンジスリーの店内を見渡しながら言った。席は十五席ほどがあり、余裕の造りだった。新宿でこれだけの店を経営していくのは、家賃だけでも大変だろうとつい思ってしまう。 「新宿のニューハーフクラブの中では、大箱、ニューハーフが多い大きなお店だから」  明美が言った。  蝶ネクタイ姿のウエイターが注文を取りに来る。ニューハーフっぽくないごく普通のウエイターだった。ニューハーフクラブだから、全てニューハーフで構成されているわけではないとは、明美から聞いていた。    明美は、果物の盛り合わせとボトルを入れた。  客席は半分程の入りだった。まだ八時である。それで、半分なのだから繁盛していると言っていいのだろう。 「いらっしゃい、アキラです」  小太りのニューハーフが、春夫の隣に腰を下ろした。白いキャバドレス姿のアキラは、どこから見ても小柄でメタボ体形だった。目尻がさがり気味で愛嬌ある顔だちをしている。  豊かなバストの半分程が露出され、くっきりとした谷間が形成されていた。  冴子が、「クックックッ」とアキラに視線を投げかけて笑った。 「ねえ、何よ。私、おかしい?」 「いえ、そんなことありません」  言いながら、冴子は笑いを止めることが出来ずにいる。 「失礼な子。まあ、いいわ。愛の対象外だから冷たくするわよ、なんて冗談。楽しんでって。瑠璃ちゃん久しぶり」  アキラは、身を乗り出すようにして左手で手を振った。 「ますます貫禄ついたじゃない」 「つかないわよ」 「ラウンジスリー、最近どうなの?」 「相変わらずってとこかしらね。お客の入りとしてはね。ねえ、今日は、ママから是非にって頼まれたから、それとも、自分から懐かしくなったから」 「別にもったいつけるわけじゃないけど、どちらかと言えば、後の方。すごい有望な人が入ったんだって?」 「そう。ヒップホップを子供の頃から踊っていて、ジャズダンスは本格的に習ったみたい」 「でも、こうしたお店で踊るのは、初めてなんでしょ?」 「うん、だけど、履歴書に得意ダンスと書かれていたから、ママが、舞台でちょっと踊らせてみたらさ、うまいのにびっくり。即決」 「そんなにテクニックがあるわけ?」 「それは確かみたいよ。宍戸さんもすぐに認めてこないださあ、ジャズダンスの基本ステップを私達の前で踊らせたんだけど、ああ、マスカットっていう名前なんだけどさ、これからのラウンジスリーは、マスカットを軸にした演出にするからな、って意思表示にも受け取れたわよ」 「宍戸さん、っていう方がショーの演出なさるんですか?」  冴子が、聞いた。 「そう、ショーの全てを牛耳っている憎き男。ねっ」 「うん。ママまだお客様のお出迎え」  明美が、急に立ち上がり、入り口の方を振り向いた。その立ち上がり方が、アキラの言葉をはぐらかすかに、随分と不自然に春夫には見えた。もしかして、明美のいろいろの元凶は演出家の宍戸という人だったのか。

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