ニューハーフ OL
第六章 十一月下旬~十二月下旬 7

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     第六章 十一月下旬~十二月下旬 7               7  十時過ぎ、電話をしようかどうか迷っている春夫の元に明美の方から電話があった。  第一声は、「西野明美の子守りの佐伯さんですか?」だった。  言葉遣いにダランとしたものを春夫は感じた。 「飲んでる?」 「ちょっとひっかけただけよ。頭は、ちゃんと回転しているから大丈夫。ねえ、 最初に約束して欲しんだけど、私から今夜電話があったこと絶対内緒にしてくれる?」 「もちろん」 「吉村係長にも言わないでよ?」 「了解」 「私が、飛び込み営業した浦和のファンシーショップ丹羽ってとこあるでしょ?」 「まだ新しいバラエティーショップでもなく小ぎれいなレイアウトをしている店舗でしょ?コーナー取れそうなんじゃないの?」 「それがね。今日、そこの奥さんが、営業の責任者に合わせろ、って乗り込んで来たんだって」 「乗り込んで来た。どういうこと?」  何も知らない振りをして春夫は聞いた。 「私が、悪かったんだけどね。奥さんに内緒で、ご主人と喫茶店で話すことになっちゃったのよねえ。それも二回もね」  明美は、言った。後悔しているのか沈黙の時間帯になった。    喫茶店でご主人とだけ会う、まずいだろう、それは。  春夫は、心の中で明美を語り掛ける。 「具体的に説明して」 「一回目に喫茶店で会った時は、ご主人がね、私は、お宅のコーナーをドーンと作って、大人の女性のためのペンケースとか文房具ポーチとかを置けばいいと考えているんだけど、うちのが、反対してるんだよ。だから、私のために作戦会議を開いてあげるから浦和駅近くの喫茶店に来ないかって言われて行ったわけよ」 「それ日報に書いた?」 「書かなかった。ご主人とふたりで喫茶店で作戦会議って書くのに抵抗覚えてさ。それで、ファンシーショップ丹羽で打ち合わせ、前向きに検討中である、って書いて提出した。喫茶店で作戦会議はまずかったわよね。木川課長にいろいろ言われたけどこれもそのひとつ」 「何で、西野さんと喫茶店で話しあってたこと奥さんにばれたの?」 「喫茶店、通りに面してガラス張りなんだけど、二度とも知り合いの人に見られたみたい。奥さんの知り合いが、パートから帰る時間帯だったみたい。あのね、一回目の時、ご主人が私に言ったの」 「何て?」 「あなたは、僕の初恋の人にそっくりだって。その前の日に理容店で文化情報の私のグラビア見てもいたわ」 「ということは、西野さんが、どんな人が分かってたんだ。ニューハーフが好きな人じゃなかったの?初恋の人に似ている、ってお近づきになるいかにもありふれたテクニックにも思えるけど」 「かもね。作戦会議とか言ってたけど、私の趣味の塗り絵の話とか、プライベートのことも聞かれたしね」 「でも、喫茶店で二回も会っちゃったんだ」 「そう、怪しい関係じゃないかって、奥さんに報告されたわけ。鞄を椅子に立てかけていたのが、印象的だったみたい」 「二回目もコーナー作るための作戦会議で呼び出されたわけ?」 「かなり、その気になってるからって。だけど、やばかったのよね。ちょっとドライブに行かないかって誘われちゃってさ。もちろん、すいません、次の約束がありますからって断ったわよ」 「本当にやばいね、それは。奥さんは、直接ご主人に言わなかったのかな」 「みたいね。奥さんじゃないから、心の動きまで私には推察出来ませんけどね」 「それで、会社に乗り込んで来て、奥さんは、どんな要望して来たわけ?西野さんを営業に来させないでくれとか」 「うちの人に近づかないように厳重注意してください、だからそういうことでしょ」 「三田部長は、どう返事したの?」 「担当を変えますって言ったそうよ。ご主人から私に電話があったら、担当地域の調整がありまして、担当者が変わりました、って言うように言われた」    担当が変わる?嫌な予感がした。 「それってさあ」 「申し訳ありません。押し付ける形になって。私もこんな展開になると思わなかったから。でも、正式な話は、明日、木川課長からされると思う」  明美は、本当に申しわけなさそうに言った。  春夫が「ファンシーショップ丹羽」という店舗の担当に決定ということだった。夫婦のいざこざに巻き込まれるのは、ごめんだぜ、と思ったが明美のピンチである。仕方ない。 明美は、ごめんねを繰り返して携帯を切った。  翌日、朝礼が終わるとすぐに春夫に木川課長から声がかかった。  話の概要は、明美から聞いた通りであるが、昨夜の電話で聞けなかったこともあった。奥さんの怒りと心配が、かなりのボルテージであったことだ。 「西野さんが、傷つくと思って言わなかったけど、『こんなことは言いたくはないですけど、お宅の会社は色仕掛けでニューハーフを雇ったんですか』とまで言われた」  木川課長は、言った。 「ひどいですね」 「僕も内心怒ったけど、三田部長が、西野は女性として真剣に仕事に向き合う優秀な営業担当です、ときっぱり言った」 「了解しました。新しい担当者として訪問してみます」 「悪いね。うちの商品に夫婦とも魅力を感じてはいるみたいだけど、無理して営業先にしなくていいから」  木川課長は言った。             

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