「いや、それは……。ほら、従者が……」 「大丈夫だから」 躊躇う男に、リンデルは微笑みながらその手を男の下半身へと伸ばす。 服の上から撫で回されて、男が僅かに頬を赤らめる。 「っ……リンデル……」 「ほら、おっきくなってきたよ?」 嬉しそうに微笑むリンデルに、男が眉を顰めて答える。 「お前が……触るからだろ」 リンデルが、ぴたりと動きを止めて、悲しげに呟く。 「俺とは、もうしたくない……?」 髪と同じ金色の睫毛が、震えるようにじわりと伏せられる。 「俺が……もう、子供じゃないから……?」 捨てられる事に怯えるように、リンデルが小さく体を縮こまらせる。 「そんな事、心配してたのか」 男は苦笑を浮かべて息を吐く。 温かい眼差しのまま、男はそっと腕を伸ばして金色の頭を抱き寄せる。 「そんなのは関係ない。……お前は今でも変わらず可愛いよ」 優しく諭すように囁かれて、リンデルは男を抱き締め返した。 「カース……」 ぎゅっと上から覆い被さるようにくっついてくる青年に、男は息苦しくなったのか、姿勢を横向きに変える。 「……しかし、重くなったな」 苦笑する男の胸に、リンデルはなおも顔を擦り付ける。 「ごめん……」 「謝るような事じゃない。お前の成長は喜ばしい事だ」 「……」 「俺も、お前の成長が嬉しいよ」 「本当……?」 「ああ」 上目遣いに、男の胸元から見上げてくる金色の瞳。 まだ涙の跡を残した目尻を、男は指先で愛しく撫でた。 「お前の従者が、俺について来いと言うんだ」 「え、ロッソが?」 「ああ」 「カース、俺と来てくれるの!?」 「まあ……、途中までならな」 流石に王都までは行けないだろう。彼には罪がある。 しかしこの村から王都までは、まだかなり距離がある。 「そっか……そっか……、じゃあ、明日もカースと会えるんだ……」 心底嬉しそうに、頬を赤く染めてリンデルが微笑む。 「ああ、だから焦る必要は無い。もう寝ろ。明日出立するんだろ」 男にふわふわと髪を撫でられて、リンデルはほうっと息を吐くと表情をゆるめた。 どうやら、本人も気付かぬうちに焦りから力が入っていたようだ。 「うん……」 男の胸に頬を寄せて、青年は安心した顔で金色の目を細める。 「カース……」 「なんだ」 耳元で囁かれる返事に、青年はそっと目を閉じる。 「目が覚めたら、夢だったとか……ないよね……?」 「俺はそれでもいいけどな」 「良くないよっ」 さらりと答える男に、リンデルは慌てて抗議する。 男の括られた黒髪へリンデルは長い指を絡めると、それをぎゅっと抱き締めた。 「いてて、あんま引っ張んなよ」 「カース……」 「うん?」 「明日も、俺の側にいて……」 「わかった。約束する。だからもう寝ろ」 「うん……」 リンデルは、頭痛の疲れもあってか、男の胸でとろりと眠そうな顔をしていた。 そんな青年の金色の髪を、男はゆっくりゆっくり優しく撫でている。 「ぜったい……おいて、行かないで……よ……?」 「ああ、傍にいるよ……」 囁く男の瞳は、深い後悔と懺悔の色に染まっていた。 リンデルは、自分の事などすっかり忘れて、幸せに生きているのだと思っていた。 淋しいのは自分だけだと、信じていた。 けれど、それは俺の思い違いだった。 俺のことを思い出せないままに、この青年は俺をずっと探していたと、従者は告げた。 それはなんて残酷な事だったのか。 俺はまた。こいつの為を思って、逆にこいつを辛い目に遭わせていたのかも知れない……。 すぅすぅと柔らかな寝息に、リンデルが寝付いたのを確認すると、男は身を起こそうとして……、その髪を握りしめられている事に思い至る。 中途半端に体を浮かせた男に、ロッソの声が静かにかかる。 「そちらでお休みいただいて、構いませんよ」 「……ずっと聞いてたのか」 「これが仕事ですから」 「そりゃご苦労なこった」 「……申し訳ありません」 「謝る事じゃない」 男は小さくひとつため息をつくと、またリンデルの隣に肩を沈める。 「お前ももう寝ておけ。俺はこいつに何もしない」 「はい……ありがとうございます」 ロッソは、男の言葉を素直に受け取った。 この男がどれだけリンデルを大切にしているのかは、もうロッソにも分かっていた。 それでも、なぜこれほど想い合う二人が離れていたのかは、まだ分からないままだった。
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