赤坂ひかるの愛と拳闘
迷走する青春(9)

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   ◇  今に始まったことではないのだが、ひかるはとんでもなく朝が苦手だった。  夜はちゃんと寝ているのに、朝起きるのに苦労し、動けなかった。朝食を食べることができず、母が用意してくれる薬だけを飲み、青い顔をして仕事に向かった。どうしても起きられないときは午前半休するため、有給休暇はすぐになくなってしまう。  転職して最初のうちは駐車場がなかったから、地下鉄で通勤するしかなかった。毎朝、地下鉄を待つ間、死んでしまいたい、と考えていた。本当に死のうとするわけではないのだが、ともかく体のだるさから逃れたかった。  午前中の数時間は、腹痛だけではなく、めまいがすることもあった。朝が弱いということも、時間が過ぎれば普通の人以上に元気になることも周知されていたため、午前中はそこにいないものとして扱われた。電話なども他の人が取ってくれて、申し訳ないと思うのだが、自分ではどうにもならなかった。  もしかしたら二十歳を越えたころから、それはひどくなっていたのかもしれない。事務員になってからも、一年目より二年目、二年目より三年目のほうが、体の調子が悪く、欠勤の数も増えていった。  そして体調が悪いのは、ひかるだけではなかった。 「母さん、頭痛の薬あるか?」 「何? 頭痛いの?」 「ああ、ちょっとな」  あまり見たことのない父の弱々しい表情に、母は驚いた顔をした。それまで頭が痛いなどと、一度も言ったことのない父だった。ボクサーあがりの父だが、大きな後遺症もなく、健康状態は良好だった。 「頭が痛いだけ? 熱は?」 「や……」  とだけ言った父が、うめき声をあげて座り込んだ。母が話しかけても、ああ、とか、うん、とか言うくらいで、あまりうまく返事をできないようだ。  慌てた母はそのまま父を病院に連れていった。  後でわかったことだが、父はそれまでにも耳鳴りがしたり、手足がふるえたり、急に意識が遠くなったりということがあったらしい。しばらく我慢していると症状がなくなるので、本人は、こんなものか、と、あまり気にしていなかったという。  母にとってもひかるにとっても青天の霹靂へきれきだった。病院で検査をした結果、父は脳梗塞と診断され、そのまま入院することになった。脳の血管が詰まって、血のめぐりが正常の十分の一近くまで低下していたらしい。

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