赤坂ひかるの愛と拳闘
成長する少女(6)

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   ◇  新崎たち男子と遊びまくり、ときどき女子の友だちとも遊び、まれに親戚の子や近所の子たちと遊んだ。自転車にも乗るようになったひかるの活動範囲は、好奇心のおもむくままにひろがっていく。  七五三のとき以来スカートを穿いたことがなく、ひかるは毎日、ジャージで学校に行った。いつも男子に混じって遊んでいたから、隣のクラスの人間には男子だと思われていた。  昼休みや中休みには、カタキという名の遊びをした。カタキとはチーム分けをしない、無法で無差別なドッジボールのような遊びだ。  授業が終わると、ひかるたちは教室の後ろに向けて、一斉に走った。誰が一番先にボールを支配するかを競っているのだが、二回に一回はひかるが支配した。支配した者は、その日の遊びの内容やルールを決めることができる。たいていはそのまま運動場に走り、カタキが始まる。  学校が終わると、プラスチックバットを自転車に差して、野球をしにいった。サッカーをすることも、カタキをすることもあった。大抵は一回くらい誰かの顔面にボールが当たり、泣いたり鼻血が出たりする修羅場があって終了、解散するような流れだ。  夏になると月寒川つきさむがわが遊び場になった。川原で魚を捕ったり、足首くらいまでの深さのところに入ってタニシを集める。川沿いの林に入って、セミやクワガタを取ったりもした。 「見にいこうか?」  ひかるが言うと、軍団の面々はうんうん、と頷いた。  月寒川の上流の橋の下にカラスの死骸があるという噂を確かめるため、ひかるたちの軍団は、ぞろぞろ連れだって出発した。自分たちが特別なことをしている気がして、どきどきした。着いたら橋の下の暗闇が恐ろしくて、ひかるは足を止めた。  バカで恐れを知らない新崎たちは、そのままずんずん進んでいく。 「うげえー!」 「死んでるよ! 死んでる!」  橋の下に踏み込んでいった新崎たちが騒いだ。だけど怖くなったのか、すぐに戻ってきた。言い出しっぺのひかるは平気な顔をしていたが、実はカラスが大の苦手だった。  元気で目立つことが好きなひかるだったが、カラスや雷や猫やエビなど、苦手なものが多かった。通学路にカラスがいたため、無理だと思って、学校に行かずに引き返してきたことがあった。雷が鳴り響く日も、怖くて学校を休んだ。犬は好きなのだが、猫は柔らかいおもちのような感じがして苦手だった。倶知安にいたころ食べ過ぎたせいか、今はエビが全く食べられなかった。  朝ごはんの代わりに薬を飲み、カラスや雷や猫やエビを避けながら、ひかるの愉快な日々は過ぎていく。山鼻小学校でのことはもはや忘却の彼方で、田川と再会するようなことも一切なかった。  テレビの向こうでは世界のムシケンが、今も防衛記録を伸ばしていた。ときどきボクシング中継があると、父はいつもと違う表情でテレビを観る。ボクシングに何の興味もないひかるは、父の隣でイカをかじりながら男たちの闘いを見つめる。  休みの日、父に連れられて、札幌中島体育センターにボクシングの試合を観に行くことがあった。試合を終えたボクサーだという人が、赤坂家に泊まっていくこともあった。飛行機に乗って東京に行き、後楽園ホールというところで試合を観たこともあった。 「ああ、赤坂さん、こんにちは!」  父はどこの試合会場でも顔パスで入れるようだった。リングサイドにパイプ椅子が二つ追加で並べられ、ひかると父はそこに腰をおろす。 「ひかる、ここにいろよ」  父は誰かと話をするため、すぐどこかに行ってしまった。  薄暗いホールのなか、照明がリングをぼんやりと浮かびあがらせる。入場してきた男が、ひかるの横を通りすぎていく。男はひかるのことも、他の観客のことも一瞥もしなかった。男はひかるにはわからないどこかの一点を、じっとにらんでいる。  鈍いゴングの音が響くと、二人の男が殴りあった。二人のことも知らないし、それが何のための闘いなのかも、ひかるにはわからない。ひかるはただその様を、食い入るように見つめ続ける。 「ほら、来い、ひかる! 右フック打ってみろ」  機嫌のいいとき、父はひかるに手をかざした。ぱちぱちぱち、ぱちん、と、手の平ミットにパンチを入れると、父は嬉しそうな顔をした。 「いいパンチだなー、お前が男だったらなー」  父がそんなことを言うのを、特に感想なくひかるは聞いていた。もし男だったらも何も、今のひかるは、極めて男子的な"闘いと冒険"の日々を送っている。  ひかるはクラスの学級委員長にもなった。学級委員長の着けているバッジが格好いい、あれが欲しい、という理由での立候補だった。  男子にも女子にも人気があって、正義感が強くリーダーシップもあるひかるだったが、忘れ物が多くて、先生にはよく怒られた。学力もたいしてあるわけではなかったし、体力測定の身長を書く欄に「135メートル」と書いてしまうような、うっかりガールだった。  通信簿には、もっと根気をつけましょう、といつも書かれた。例えば、彼女が書いた作文は、こんな感じだ。書いている途中で、飽きてしまうらしい。   平岸高台公園  五月二十日火曜日に、春の遠足で平岸高台公園にいきました。公園につきました。ついたら足がすごくいたかったです。少し休んでか   雪印乳業  十月二日木よう日に社会見学をしました。きょうしつでは、まちどうしかった。やがてバスがきた。バスの中で古田くんと遊びました。そして雪印乳業ま  赤坂ひかるはもっと根気をつけたほうがよかったが、彼女の気は散りまくった。身の回りは好奇心を刺激される雑多なものに溢れている。遠くの大人が仕掛ける子ども向け玩具のブームに、ひかるとその仲間たちはたやすく流された。  怪獣ケシゴムが支持されたと思ったら、突然、ヨーヨーが流行り、次はルービックキューブという六面体のパズルが流行った。それが終わると今度は、LSIの電子ゲームが流行りはじめた。  ちょうど手で持てるくらいのサイズのそれは、最初はモグラ叩きのような素朴なゲームだった。そのうちインベーダーゲームを模したようなゲームができ、やがてブラックレーサーやパックマンや平安京エイリアンといった、やや複雑なゲームが発売された。 「おれ、パックマン買うから」 「じゃあおれ、ブラックレーサーにするわ」  クリスマスを迎える男子たちとひかるは、これらのゲームをお互い被らないように買ってもらった。それらを持ち寄り、順番に遊んだり、貸し借りした。  ゲームだけではなく、ドラえもんやアラレちゃんなどのマンガやアニメも人気があった。女子の間では『おはよう!スパンク』が人気だったが、ひかるは断然コロコロコミック派だった。『ゲームセンターあらし』や『パーマン』や『ウルトラ兄弟物語』が読めるのは、コロコロコミックだけなのだ。  めまぐるしく変わる流行の果てに、全てを飲み込むような一大ムーブメントが起こった。  ザク、旧ザク、グフ、ズゴック、ドム、ゲルググ、ジオング――。ひかるたちは、これら1/144スケールのガンダムのプラモデルに夢中になった。  ガンプラのブームというのは、調査、買い付け、制作、披露、応用、反省のサイクルを回す、それまでにない創造的なムーブメントだ。  ひかるたちのチームは、まず校下にある模型屋に行った。そこにはボールやムサイといったモデルは置いてあっても、ドムやズゴックといった人気のガンプラは決して置いてない。発売日を調べ、入荷がいつという情報を集め、噂と真実を見極め、予約できるものは予約し、できないものはみんなで並ぶ。三百円を握りしめ、かなり遠出をすることもあった。  手に入れたガンプラのパッケージに胸を熱くし、完成品に思いを馳せた。次の日から、パーツに色を塗って組み立て、自分だけのモビルスーツを完成させていく。 「あ、ザクここ塗れる」 「ガンダムここ同じ色だ」  たいていの小学生は塗料を一色か二色しか持っていなかった。だからベースの色を中心に、ところどころまだらなモビルスーツが完成する。学年に一人くらい完璧に色を塗ってリアルなモビルスーツを作るような少年もいて、その作品は模型店に飾られたりする。  ひかるたちは完成したガンプラを持ち寄って、いろいろなポーズを取らせて遊んだ。戦闘シーンを再現して、ジオラマにすることもあった。背景や土台を買ってきて、二機のモビルスーツを対峙させる。ひかるたちは色を塗るのは苦手だったが、ライターであぶって穴をあけたり、爆竹でモビルスーツを破壊したりして、リアルな戦闘シーンを作るのは得意だった。  遠くの街にガンプラを買いに行くとき、ひかるを含めた何人かはチャンピオンのジャージを着た。他の校下に乗り込むわけだから、ちょっとした武装が必要なのだ。  中学や高校の校内暴力が社会問題になっていたその時代、札幌の小学生の間にはジャージの格付けがあった。チャンピオンのジャージを着ていることは、ちょっと荒ぶっていることの表明だ。アシックスだと友好的な感じで、アディダスを着る者は、ちょっとおしゃれだ。ノーブランドのジャージは、ボールやムサイのように黙殺される。  札幌の公園でムシケンに遊んでもらっていたころに比べれば、ひかるはずいぶん大きくなった。一人でどこにでもいけるし、仲間と一緒ならもっと遠くにもいける。チャンピオンのジャージも持っている。  一九八一年の三月だった。父が東京に電話をかけ、何かを大きな声でしゃべっていたことを覚えている。  このまま永遠に防衛を続けるものと思われた世界のムシケンが、メキシコのペドロ・フローレスにKOでやぶれた。世界王座連続防衛記録はそれで途切れ、具志堅用高はそのまま引退することになる。  そしてその二ヶ月後のことだ。  札幌のとある病院で、ある男の子が生まれた。  その子は後に、チャンピオンベルトを北海道に持ち帰った初めての男になるのだが、そのときはまだ赤ん坊だったので、ただ、おぎゃあおぎゃあ、と泣いていた。 「ほら! ゲルググ! ゲルググでてるよ!」  同じころ、札幌市内の某模型店の前で、ひかるはチャンピオンのジャージを着て、荒ぶっていた。

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