◇ 舞台は一度、山鼻小学校に戻る。 「あれ? 赤坂!」 「赤坂だ!」 「どうしたの? なんでなんで? なんで?」 「なんで赤坂がいるの?」 山鼻小学校二年二組の教室のなかは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 「今日はこっちに来たんだよ」 「え? だって転校したんじゃないの?」 「したけど、今日はこっちに来た」 にやり、と笑うひかるを、田川が嬉しそうに見た。後から教室に入ってきた男子たちもこの騒ぎの輪に入り、混乱の蜂の巣はさらに呻りをあげる。 「おーい! 席につきなさーい」 先生が教室に入ってきても、まだ興奮を抑えられない男子たちは、うひょー、などと奇声をあげながらめいめいの席に座った。一番後ろの席につくひかるを、田川が嬉しそうに眺める。 先生は普通に出席を取り、特に何の説明もしないまま、一時間目の授業を始めた。 「ここで、きつねはどうして戦ったんだと思いますか? わかるひと!」 はい! はい! はい! はい! はい! と手をあげるクラスメイトに混ざって、ひかるも、はい! はい! と手をあげた。以前と同じように、ひかるは元気に授業を受ける。 一時間目が終わると、男子たちが一斉にひかるを取り囲んだ。 「インベーダーしようぜ、赤坂! インベーダー!」 「いいね! やろう!」 でっ、でっ、でっ、でっ、と言いながら左右に動く男子に、ひかるはぞうきんのボールをぶち当てた。UFO! と叫びながら、最後列を駆け抜ける男子を狙い撃ちする。 王者の帰還に、山鼻小学校の二年二組の男子たちは熱狂した。転校すると言って去っていった自分たちのリーダーが、戻ってきたのだ。その次の休み時間も、その次の休み時間も、ひかると田川を中心とした軍団は、奇声をあげて走りまわる。 普通に給食を食べて、普通に五時間目を終えて、その後、普通に公園で遊んだ。そのまま田川の家に遊びに行って、やがて迎えに来た父の車に乗って、西岡の家に戻った。 「ひかる、明日、山鼻小に行くか?」 この前日、ひかるは父に急に訊かれた。 「え、どうして? 転校したのに?」 「ときどきなら前の学校に行ってもいいんだぞ。車で送っていってやるから」 「じゃあ行く!」 転校したけど、前の学校に戻ってもいいらしい。小学二年生のひかるは素直に、そういうものなのか、と思った。 「よし、じゃあ明日の朝は、送っていってやる」 父親がだした左手に、ひかるは、ぺちぺちぺち、とパンチを叩き込む。 ひかるは何も気付いていなかったが、特に母には相当、心配をかけていたらしい。急に思いたった父親が、いきなり両校の担任の先生に電話をして、というようなことが、ひかるの知らないところであったようだ。 山鼻小学校に行った翌日には、手提げバッグをぶら下げて、西岡小学校に向かった。クラスには馴染めなかったが、一応ちゃんと、こっちの学校にも行かなきゃならないと思っていた。だけど週に一度か二度は、山鼻小学校に行った。 あ、今日はこっちなんだ、という感じに、山鼻小学校の生徒たちは、この状況を普通に受け入れていた。ひかるは休みの日には田川の家に遊びにいき、別の友だちの誕生会に呼ばれたりもした。 「なあ、明日、赤坂んち泊まりに行ってもいい?」 「いいよ」 ひかるが気安く答えると、田川は嬉しそうな顔をした。 土曜の夜、田川は親に車で送ってもらい、ひかるの家に泊まりに来た。二人は一緒にごはんを食べ、交代で風呂に入り、ひかるの部屋で遊び、眠った。 「おれたちは親友だからな」 「うん」 眠る前のひととき、無敵の二人は熱く語り合った。 北海道の冬はまだまだ深く、路面は凍結し、寒風は吹きすさんでいた。引っ越したばかりの物の少ない部屋のなか、本気の夜が熱く、深く、更けていく。 西岡の学校生活に馴染めないひかるも、毎日ひかると一緒にいられなくなった田川も、以前よりも熱い気持ちで"親友"という言葉を使った。二人はこれからもずっと、親友なのだ。 お互い普段は離れていても、ときどきは一緒に遊べるし、心はいつも一つここにある。 そのとき二人は、確かに永遠を感じていた。 だけど二人はまだ小学二年生だったため、わりと早い時間に寝てしまった。
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