赤坂ひかるの愛と拳闘
成長する少女(5)

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   ◇  四月、北海道は名ばかりの春を迎える。やがて五月、六月と時間が過ぎるにつれ、本当の春の足音が聞こえ始める。  朝、おまじないのように腹痛の薬を飲んだひかるは、行ってきます、と言って家を出た。西岡小学校への通学路にあるドブをぴょん、と飛び越え、あぜ道を歩いて近道をして、またぴょん、と跳んで道に戻る。 「せーのっ! 軍艦、軍艦、ハワイ!」  集合場所である公園には、西岡の仲間たちが集まっていた。遅刻するぎりぎりの時間まで、ひかるたちは"軍艦じゃんけん"をする。  学校に行って遊び、学校から帰って遊び、夜は母とテレビを観て、晩酌ばんしゃくをする父親にじゃれつく。三年生になったひかるは、愉快で大車輪な日々を送っていた。地下に潜伏せんぷくするようなそれまでの西岡の日々は、まるでなかったかのようだ。  朝は相変わらず苦手で、ごはんを食べられなかったけれど、早退することはほとんどなくなった。毎朝、母がオブラートに包んでくれる正露丸を飲むと、お腹は痛くならない。  薬を飲み忘れたとしても、飲み忘れに気付かなければ痛くならなかった。だからもしかしたら正露丸じゃなくて、イクラをオブラートに包んでも結果は同じだったかもしれない。  その年、西岡小学校の近くに新設校ができたため、十一あったクラスが五に減った。一クラスの人数も四十人以下だ。クラス替えのその日から、ひかるは再び内なる"ひかる的なもの"を取り戻したのだ。  その日、春休み明けの学校には、ちゃんと出席番号順の自分の席があった。  教室のところどころで、ぼそぼそと話し声が聞こえた。もともと十一あったクラスから学年の初めてのクラス替えだから、ほとんどは知らない者同士だ。ひかるはもう別に、注目されているわけではない。  解放的な気持ちで、ひかるは先生の話を聞いた。休み時間になったときにふと、近くの席の男子の持っていた下敷きに気を取られた。まさか……、まさかあれは……?  バトルフィーバーJ!  立ちあがったひかるは、その男子のもとに歩みよった。  その戦隊ヒーローものは、少し前からひかるのお気に入りだった。バトルフィーバーは五人の力と勇気を合わせて、人間サイズの怪人と戦う。五人の必殺技で敵を倒すのだが、倒したと思ったら、その敵は脈絡なく巨大化する。バトルフィーバーは今度はロボットに乗って、巨大化した敵と戦う。一粒で二度美味しいこの斬新な演出に、テレビを観ていたひかるは衝撃を受け、深く感心した。 「バトルジャパン!」  下敷きに描かれたポーズを決める五人のうち一人を指さし、ひかるは言った。顔をあげたその男子は、すぐににやにやと笑い始めた。 「バトルフランス!」 「バトルコサック!」  二人はうははは、と笑いながら、五人を順に指さした。 「バトルケニア!」  その男子の名は新崎にいざきといった。 「デンコウ剣! カラタケ割り!」  爆笑しながらポーズを取る二人のもとに、なんだなんだ? 何が始まったんだ? まぜてまぜておれもまぜて! とバカな男子たちが集まってきた。そのままバトルフィーバーごっこが始まったのだが、始まったのはバトルフィーバーごっこだけではない。それは、ひかると新崎を中心とした、新しい軍団の始まりだった。  新崎は田川と比べたらフィジカルが弱く、知能や正義感やリーダーシップにも欠けていた。特段勇気があるわけでもなかったし、特別熱い何かを持ち合わせているわけでもない。だけど彼は田川よりも面白い男子だった。  この後、新崎はひかるのもとで、チームを面白愉快に盛り上げていくことになる。

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