花なら赤のゼラニウム
第1話「スウィート・シンフォニー」

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 朝、白い息を吐きながら通学路を歩いていると、公園のところで昨日作った雪だるまがボコボコになって壊れているのを見つけた。  明らかに人の手によって壊されていて、一体こんな酷いことが出来るのはどんな人間なのかと足を止めて考えてしまった。 「カレちゃん、どうしたの?」 「べつに? どうもしないよ」  私は枯尾花かれおばな ススキという。そういう名前でこの世界に生きている。  あの雪だるまには名前が無かったから、きっとそういう理由で壊れてしまったのかもしれない。 「名前くらい、付けてあげればよかったかな」 「何の話?」 「どうでもいい話」  だから大事な話をしようと思います。カルシウムくらい大切な話。 「今日は何の日でしょう?」 「ヴァレンタインだね」  よく出来ました。これで「?」なんて顔をされたら、私は彼女に初めてのチュウをするところだ。乱暴で強引で、暴力的なキスを。  キスの暴力――というのはある。それが一発で頭の中を真っ白にしてしまうくらい破壊力があることも、乙女な私は知っている。  そう、乙女は何でも知っているのだ。 「カレちゃんは誰かにあげるの? チョコ」 「ん? んー、んんー? そりゃあ、乙女だからね」 「カレちゃんのチョコなら、クラス中の男子が欲しがるだろうねぇ」 「そんなこと、ないない」  屈託の無いミリンの笑顔を私は直視出来ない。下心がゴロゴロと転がりまわる。回りまわって、愛は天下の回し者。いつ寝首をかかれるのか、知れたものではない。  自分でいうのもアレだけど、私はどうやら一般的に男ウケをする容姿をしているらしい。  決して自惚れているわけではなく、客観的に自分を見ているだけ。  高校入学初日から初対面の先輩にいきなり告白されて以来、そんな日々を一年近く送ってきた。  長くて細い髪が好きと言われれば髪を切ろうと悩んだり、メガネが似合うと言われればコンタクトを考えたり、瞳が綺麗と言われれば目玉をくり抜こうとした。  そうして私は可愛いと言われるたびに体の部分を無くそうとしていたら、あら不思議。果ては何処どこにも私という存在が居なくなってしまうことに気づいたので止めた。 「私もカレちゃんみたいに可愛いかったら、好きな男の子から好意的な返事を貰えるのかなぁ」 「ミリンは可愛いよ。その地味な顔立ちとか、寸胴体型とか、子供っぽいオカッパ頭とか、もう最高に……可愛いと思う」 「カレちゃんって、たまに殺人的な暴言で私を刺すよね」  本心ですよ。本心だからミリン本人は気づいてないはずで、つまり私の本醸造ほんじょうぞう ミリンへの恋心は今のところ誰も知らない鏡の国の物語なのだった。  私が同性でありながら、ミリンに愚かなる恋心を寄せている理由は至極単純だ。  小学生の時に同じクラスになって以来、一目見てズガーンときてズゴーンとなったからに他ならない。以上!  今笑った奴、表へ出てください。通学路は破顔一笑禁止です。 「ところでミリンも誰かにチョコをあげるような、あげないような口調だったけど」 「あげるよ。告白もする。受け取ってくれればだけど」 「そ、そうだよねぇ。ミリンだって乙女だもんな」  乙女は恋をする。これはどうしようもなく、どうしようもないことだから、宇宙開闢かいびゃく以来どうしようもない法則なのだろう。 「誰にあげるの?」 「四組の花巻はなまき 白芥子しろけしくん」 「ハラマキ コケシ?」 「カレちゃん、わざと間違えてるでしょ?」 「いや、変わった名前だね。変態かもよ?」 「うふふ。素敵な名前よね」  ミリンは惚れっぽい。可愛い彼女の、唯一の欠点かもしれない。そしてフラれて、結局私が慰めるというのがいつものパターンだ。まぁ、フラれるぶんには私的には何の問題もないハッピーなターンなのだけれど。 「放課後に音楽室でピアノ弾いててね。その曲が凄くロマンチックで素敵だったの」 「そいつが作った曲じゃないんだろ? ミリンは男子に夢見すぎなんだよ」 「とにかく私、今日の放課後にチョコを渡して告白するのさ」  いつもの悪い予感がした。  もし万が一、いや億が一の確率でハラマキとかいう変態がミリンの告白を受け入れてしまったら、私のこの純粋で健気で天然水のように清らかな恋心の行き場はどうなる? 何処かで堰き止まってどうにもならなくて行き場を失い、やがて詰まったトイレのように流れなくなってしまうのではないか?  私の八年間の想いを、詰まったトイレにするわけにはいかない。トイレはいつだって清潔にしておかなければいけない場所なのだから。 「そうだ。カレちゃんにもチョコあげる」  そういってミリンは包み紙に入った小さなチョコを私に手渡してくれた。 「チロリンチョコレート……」  駄菓子屋さんで売っている一個十円のチョコ。 「友チョコだよ!」 「う、うん。ありがとね……」  まぁ、美味しいし毎年コレだから別に気にしてはいないんだけどさ。八年間の友人付き合いが未だにチロリンチョコレートっていうのは、ちょっと寂しい。  私は釈然としない思いを引き摺ったまま学校へ着いてしまった。  靴箱を開けると手紙が三通入っていた。 「カレちゃん、今日もモテモテだね」  ヴァレンタイン当日に女子へ手紙を出す男というものに、多少の興味はあったものの、私は貰ったラブなレターをゴミ箱へと投函とうかんした。渡す相手、間違ってますよ? 「いつも思ってたんだけどさ。ちゃんと読んで返事してあげなよ」 「私には好きな人がいるから」 「へ? そうなの? 誰? 誰?」  ミリンだよ。とは口裂け女になっても言えず、私はよそ行きのおめかし・・・・表情を貼り付けて誤魔化した。  それにしてもハラマキという人物は危険だ。ミリンが接触する前に、何かしらの手を打たなければならない。  私はミリンと別れてから、一時限目の始業ベルが鳴る前に四組へと入り、ハラマキ野郎を屋上へと連れ出した。 「枯尾花さん? もう授業が始まるよ?」 「いいのよ。授業なんかよりも大切なことは、この世に幾らでもあるんだから。世界平和とかね」 「世界平和?」  因みに「私の世界の平和」という意味だ。 「ふむ」  私は大きめの眼鏡レンズ越しにハラマキを観察した。  なんというか、随分と細っこい男だな。というのが、私の第一印象。それと案の定というか、ミリンの好きそうなタイプだ。  色で例えるなら、白。季節で例えるなら秋。ピアノの音が似合いそうな細くて長い指をしている。  しかし始業ベルが鳴っても顔色一つ変えない端正な表情は、可愛げが無い。 「いくつか質問をします」 「なにそれ」とハラマキは笑った。いや、わらったのかもしれない。 「貴方あなたは現在付き合っている彼女、もしくは女友達などがいますか?」 「いないね」 「本日、貴方はチョコを貰いましたか? もしくは貰う予定がありますか?」 「甘いものとは無縁でね」 「もし、もしも今日、女子からチョコレートを貰って告白されたら、どうしますか?」 「枯尾花さん、僕に告白するつもりなのかい?」 「んなわけあるか! 私には想い人がいらぁ!」  乙女の雄叫び、怒髪天をつく。 「ふーん。じゃあ、その誰かさんの想いに応えてみるのもいいかもね」  コイツ、なんか変だぞ。まるで私のことを見透かしているような感じがする。ただのハラマキかと思っていたが、なぜか得体の知れない妙な雰囲気が乙女の勘にビンビンだ。 「ず、随分と軽い気持ちで女子の想いを受け取るんだな」 「そんなつもりはないけど、『馬には乗ってみよ。人には添うてみよ』が僕の信条なんだよ」  これは困った。コイツ、間違いなくミリンの告白を受ける! 「じゃあ、私と付き合って……くれない?」  私は鞄から一際大きな手作りチョコを取り出した。通販で買った怪しげな惚れ薬(ちなみに小瓶で一万円した)を入れた、ミリンに渡すつもりだった友チョコ。 「なんだ。やっぱり告白するつもりだったんじゃないか。素直じゃないね」  泣きてぇ。これしかミリンを救う手立てが無いとは、我ながら情けなくて涙が出そうだ。乙女の浪漫ろまんは、かくも厳しい。 「ありがとう。でも、このチョコは返すよ」 「は?」 「みすず? って人に渡すつもりだったんだろう?」 「『みりん』だよ。って、何故ソレを!」 「イエローカード。いや、レッドカードかな」  ハラマキがグリーティングカードを私の目の前でヒラヒラと揺らしている。カードには『美鈴みりんへ。いつまでも仲良くしてね』という可愛らしい文字が躍る。 「それにしても、なるほどねぇ」 「な、なんだよぅ」 「いや、事情はだいたい分かったよ。君の複雑怪奇な乙女心もね」  複雑怪奇だとー。ハラマキコケシのくせにー。 「文句あるか? お前の信条は、『芋を食って人にはそうろう』なんだろー。この早漏野郎」 「いや……まぁ、いいか。僕は付き合ってもいいんだけど、これは悪手だと思うよ? それでもいいの?」 「一つ条件がある」 「何?」 「私とお前が付き合っていることは、二人だけの秘密ってことで夜露死苦よろしく」 「なるほど。そのほうが良いかもしれないね。君にとっても、僕にとっても……」  意味深な言葉を残してハラマキは去っていった。ラスボスのような奴だ。  私は冷えた体を温めるために、不安を抱えたまま保健室へと下りた。

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