花なら赤のゼラニウム
第4話「青春って、こぼれたミルクの味がするのね」

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 正直、一ヶ月も関係が続くとは思ってもいなかった。  私に嫌気が差して、ハラマキのほうから離れていくと思っていたのだ。  だって私は全然彼女らしくなかったし、正しくもなかったし、気分屋で否定的な意見ばかり。  ハラマキにしたって、彼氏らしい態度ではなかったから、あとは時間の問題だという直感があった。  そもそも私たちの間には、始めから『好き』が無かったと思う。私はミリンとハラマキをくっ付けないため。ハラマキは、ハラマキ……コイツは何で私の告白を嘘と見抜いていながら受け入れたのだろう。 「なぁ、ハラマキ」 「なんだい?」 「お前は本当は私のことが好きじゃないよな?」 「どうして?」 「どうしてって、私らは恋愛感情とは無縁なところで付き合い始めたじゃないか」 「付き合うキッカケなんて、何だって良いじゃないか」 「何だって良いのかよ」 「何だって良いんだよ」  そういうものか? 私にはよく分からない。  気の利いた辞書を引けば、青春とは季節の春を現す言葉だという。  夏は「朱夏」、秋を「白秋」、冬は「玄冬」というらしいが、人の年齢に当て嵌められるのは「青春」だけなのだと。  ――考えるには、青春の血が、あまりにも若すぎる。  これは夏目漱石の「三四郎」に登場する一節だ。なればこそ、正しい若者の姿であるのかもしれない。  悩める青少年特有の季節なのだから、私だって人並みに悩むのは当然なのだろう。たぶん、きっと。 「そういえば、春の甲子園やってるよ」  エンドウの筋を無駄の無い手つきで取り去りながら、ハラマキが言う。あいかわらず、つややかに空気を伝ってくる声だ。 「興味ない」  くらべて、私の返事は素っ気ない。 「野球は嫌い?」 「ルールを知らないのよ」  待てよ? ハラマキに誰か別の女でも紹介してしまえば良いんじゃないか? そうすれば、私もミリンも日常からコイツを排除できる。  でも、私には紹介できる女友達なんてミリンしかいない。本末テントウ虫じゃないか。  私は軽くタメ息をつく。半分は悔しさ、もう半分は安心感のようなもの。 「ミリンさ。私たちの関係に気付いているかな」 「本醸造ほんじょうぞうさん? どうだろうね」 「まだお前のことが好きなのかな」  エンドウの筋取りが終わる。 「気になる?」 「そりゃあ……」 「僕は言ったよ。これは悪手だって」 「そうだけど」  あの時は私もどうかしていたし、どうしようもなかったのよ。  どうしようもないから、どうしようもなくて、だから空は抜けるような灰色だったじゃんか。  呼び鈴がリンリン鳴って、来客を告げた。今度こそ、ミリンだ。 「いらっしゃい。遅かったのね」 「お風呂入ってた」  遅刻した理由も可愛くって仕方ねぇなぁ。っていうか、可愛いのは毎日のことだけど。 「これ、コンビニでいろいろ買ってきたよ」  シャンプーの香りを咲かせながら、ミリンが差し出した袋の中にはアンパンとミルクが入っていた。 「おばさん、法事でしょ? カレちゃんお腹空かせていると思って」  私は張り込み中の刑事デカか? いや、今どき刑事デカだってもう少し何かこう……違う気がする! 「あれ? 何か食べた?」  テーブルの上にはハラマキ弁当の残りが、まるで殺人現場の凶器のような存在感を放ちながら置かれている。  罪の意識という名の犯行現場。共犯者のハラマキは裏口から逃がした。誰よりも私のために。 「これは……母上が作ってくれたものでぇ~ですな」  平泳ぎで目が泳ぐ泳ぐ。まだ水も冷たい時期だから、そりゃ空気だって冷たくなるわよね。 「ふーん」  自慢じゃないが、私の母上はお弁当なる気の利いたものを作ってくれるような親ではない。それはミリンも良く知っている。 「花巻はなまきくん、好きな人、付き合っている人だっけ? 居るって言ってた」 「そんなこと言ってたわね」  何故、ここで唐突にハラマキの話題になる?  もしかして、私とハラマキの関係がバレている?  バレているから、私はバラされる?  でも、ミリンにバラバラにされるなら、きっと私は許せる。桜の咲く季節なら、なおさら許せる。  ――許せると思う。 「誰だろう。カレちゃん知ってる?」 「ミリン、まだハラマキのことを諦めていなかったの?」 「女の勘っていうと大袈裟かもだけど、多分花巻くんは付き合っている人なんか居ないよ!」  随分と大きな声で否定するんだな。確かに付き合っている人は居ないのだけど、付き合うように仕向けた美少女なら今、あなたの目の前でアンパンとミルクを持って立っているわ。 「ミリン、落ち着いて考えてみて。もしハラマキが誰とも付き合っていないとして、あなたの告白を退しりぞけたということは……」 「ということは?」 「ハラマキが全くミリンに興味が無いという証左しょうさではなくて?」  時が止まったみたいに私達は見つめあった。ザマァみろと私は誰ともなしに毒づく。  ――毒って、ス・テ・キ。 「カレちゃんのオタンコナスビのユルオマタ!」  過激な一言を残してミリンは走って帰ってしまった。  ああ、その存在さえ疑わしい神様、好きな人の声で罵られて気持ちよくなっている私を、どうか慈しんでくださいませ。  でもユルオマタではない。シクシク。

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