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 かつて美しかったその村は、変わり果てていた。  無残にも崩壊した家々。村の自慢だった立派な風車も、羽根が崩れ落ち痛ましい姿になっている。  そこかしこから火の手が上がり、村の出口もごうごうと燃える炎に閉ざされてしまった。    苦しげな表情を浮かべ、立っている村人たち。  ある者は救いを求めて手を伸ばし、ある者は天を仰いで祈りを捧げようとしている。  しかし誰ひとり微動だにしない。この村の住人は皆、石になってしまったのだ。  たった三人を除いては。 「さて……残すところ、貴様らのみか」  燃え盛る炎に背を向け、冷酷な笑みを浮かべるのは、禍々まがまがしい気配をまとった青年──  この村を破壊した張本人だ。  その頭からは、山羊やぎのような角が生えている。  そして見る者を不安にさせる爬虫類はちゅうるいめいた瞳は、いま村中を燃やす炎のように赤々としていた。 「おまえの思い通りになどさせるものか、魔王!」  魔王と呼ばれた青年に対峙たいじし、果敢に立ち向かおうとする男。  その傍らには、彼を守るように妻と娘が立っている。  村人が次々と石にされる中戦い続け、最後まで残った家族だ。    だがもはや三人とも、満身創痍まんしんそういの状態。  彼らを支えているのは、戦おうとする気力だけだった。  突如、魔王の手から、光弾が放たれる。  防ごうとするも受け止めきれず、男は倒れ伏した。 「あなた!」 「お父さま!」  まともに魔王の攻撃を受けた男を、抱き起こすふたり。 「大丈夫……だ、心配するな」  なんとか起き上がり、魔王を睨みつけた男だったが、深手を負っているのは明らかだった。  このままやられ続けては身体がもたないだろう。  魔王はこんなにもたやすく村を破壊できたことが面白くてたまらないらしく、くっくっと耳障りな笑い声をあげた。   「もっと楽しませてくれるかと思ったのだがな。かの勇者の血を引く一族が、これほどに落ちぶれてしまうとは。このために力を蓄えてきたというのに。全くつまらぬことよ」 「ふざけるな……!」    男は、手にしていた杖を勢いよく魔王に向ける。  故郷を蹂躙じゅうりんされた彼の怒りを象徴するかのような、特大の雷が魔王を貫いた。  しかし魔王は、顔色ひとつ変えない。  妻と娘が後に続くも、結果は同じだった。    三人がかりでも敵わないのだ。  圧倒的に強い魔王の前に彼らは、無力だった。 「……もはや、これまでか」  男がつぶやいた言葉を、娘は聞き逃さなかった。   「なんですって? お父さま、ここまできて諦めるというのですか? ねえお母さま──」  取り乱す娘。しかし母は何も言わず、父と顔を見合わせて、うなずいた。  両親がしようとしていることを察した娘は、泣きながら彼らにすがり、何度も首を振った。   「そんな……お父さま、お母さま、嫌です! この村と運命を共にする覚悟をしたというのに──、私も最後まで戦います」 「おまえに会えてよかった。幸せだったよ」 「私たちの愛しい子。愛しているわ」    両親は娘に優しくキスすると、禁断の魔法をかけた。  強い光の渦に飲み込まれた娘は両親に向かって手を伸ばしたまま、光の中に消えていった。

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