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『日本シリーズ優勝おめっとー』  深夜、ララから軽い調子で電話がかかってきた。あれ以来、俺とララは野球の話題がなくてもちょくちょく連絡を取るようになった。 「いや、お前なんか、ワールドシリーズ制覇してたじゃねえかよ。うぜーな」  俺は笑いながらそう返す。素直じゃないなあ、と自分でも思う。ほんとに素直じゃないのはララじゃなく、俺のほうだ。  アメリカはいま、真夜中のはずだ。あの寝ぼすけのララが、そんな時間に眠りもせず日本シリーズを観てくれて、俺に電話をかけてくれた。「ありがとう」と言うべきだったのに、どれだけ言っても足りないぐらいなのに、俺はその一言をララに言えたことはない。 『あのさあ、今年の自主トレ、どうする?』  ララはそう尋ねてきた。 「あ? 例年どおり、スペースピービーでやればいいんじゃないの? お前も日本帰ってくるだろ?」  俺はそう答えた。あれ以来、俺とララは毎年のシーズンオフをスペースピービーで過ごしている。年越しもララと一緒に迎えるわけだ。申し訳ないが、夫よりもララと過ごしてる時間のほうが長いかもしれない。 『……キキ、アメリカ来ない?』  ララは、かぼそい声で言った。 「……あ?」  びっくりして、俺ののどの奥から変な声が出てしまった。おどろいたのは、ララのその言葉にじゃなくて、その口調にだった。遠慮しながら恥ずかしそうにしゃべる、奥ゆかしいララを俺はずっと見たくて、でもあんまりに唐突だったから、準備のできていない俺の心臓はばくばく唸りはじめた。 『うちの球団のトレーニング施設に来なよ。ね。家から通えるしさ。家、だいぶ広いし。ひとりで住むの、かんぜんに持て余してるし。あ、ていうか、炊事洗濯とか、料理とか、超めんどくさいんだよね。あんたそういう雑用は得意でしょ。ちょっと新妻としての甲斐性をこっちでも発揮してよ。夜も。やだー、きもーい』  ララの言葉を聴いて、俺は電話を口から離し、くすりと笑う。きっと俺はひどい表情をしてるだろう。電話だと、顔が見られなくていいな、と思う。 「しょうがねーな。飛行機のチケット、お前手配しとけよ!」  俺はうれしさをごまかすため、精一杯のいじわるい口調で言ってやった。  しばらくララは黙り込んだ。俺も何も言わなかった。この時間がやけに心地よかった。言葉にしなくても気持ちは伝わる。遠く離れていても。だって俺たちは、おなじ男を好きだった。 『……また、セックスしようね!』  沈黙をやぶるララの言葉にムカついて、俺はスマホをたたき割るように通話を切った。筋トレしようと思ったけど、気持ちが落ち着かないので、シャワーも浴びず、眠ることにした。興奮しているのか、なかなか寝つけなかった。ぼんやりした頭のなかに浮かんだのが夢なのか現実なのか分からなかった。  いつかの、いつもの光景だった。俺はサインを出す。マウンドに立つ彼女はにっこりと微笑んで、俺のミット目がけてサイン通りのストレートを光のように――。

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