ヘヴンスターズ
31. そういう野球

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 山頂にある墓はどれも苔生していて、新しかったセブンスターの墓はすぐに分かった。傍には桜の大樹があって、花は満開だった。来て良かったな、素直にそう感じた。俺は初めてセブンスターの名前を知った。思った通りの、美しい名前だった。 「私は結局、セブンスターのこと、最期までよく分からなかったんだ。SNSを交換してて、お母さんが遺してくれてた書き込みで死んだことを知って、お墓の場所まではなんとか調べたけど、それだけ」  ララはお墓の前にしゃがみ、持ってきた硬球にサインを書きながら言った。ゼブラマッキーを持つ右手が震えていた。 「キキがいなかったら、ここにも来れてなかったと思う」  ララはそう言い、硬球とペンを俺に手渡してきた。ララの書いたサインはぐしゃぐしゃで、読めなかった。俺の手もひどく震えていて、同じように乱れたサインが隣に並んだ。  ほとんどペンで汚しただけの硬球をお墓の前に置いて、俺とララは同時に手を合わせた。硬球は風に吹かれ、頼りなく揺れる。次に来たときにはもう無いかもしれない。そもそも、次に来ることはないかもしれないけれど。  ララがポケットから煙草を取りだし、口に咥えて火を点けた。その煙草を、当たり前のように俺に手渡してくる。俺も口に咥え、一服だけしたあと、硬球のとなりに供えた。彼の肌の懐かしいにおいが漂う。 「なあ、ララ……」  こんな奇跡みたいな日だから、奇跡が起きるといいと思った。俺がずっとララに訊けなくて、訊きたいと思っていたことを、今なら訊けるし、訊いてもいいと思った。 「……セブンスターと、セックス、って、した?」  嗤われるかと思ったら、そうではなく、むしろ沈黙が痛いぐらいに満ちて、足元から凍てつくような寒気がせり上がってきた。雲もないのに、かすれた空から鈍色の雪がぱらついた。あの夜の、骨みたいな雪によく似ていた。 「……なにそれ。私とあんたは竿姉妹だぜって、そんなことでも主張したいわけ?」  ララの口調は冗談めかしていたけれど、声はひどく冷たく、硬く、強張っていた。俺たちは、ほんとうはもっと早くセックスのことを話すべきだった。ずっとそれを避けていて、避けるために野球をしていた。そんな野球は、するべきではなかった。 「……してない。あのクソみたいなクリスマスにクソみたいな男らに好きにされて以来、私は誰ともしてない」  ララにもそのことは分かっていたのか、項垂れたまま、しかし震えない声で言った。声は震えていなかったが、体は激しく震えていて、それは寒さのせいではないのだと分かった。 「ああああああああああ」  俺たちはそういう野球を終えるため、最後にそういう野球をする必要があった。

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