しーなねこ十篇
おでん屋兄弟

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 おでん屋台は時速二〇〇キロで動くコンベアに乗っていた。  コンベアに乗るまでは、福岡博多の屋台街にある、ごく普通の屋台だった。  三十代の兄弟で切り盛りしている人気のおでん屋台で、常連客や観光客でいつも賑わっていた。  ある日、政府から通達が来た。  その内容は、二〇二〇年の東京オリンピックに向け、インバウンドをターゲットにした屋台街を含む博多の広範囲再開発計画が始動したので、直ちに屋台を撤去せよというものだった。  すべての屋台が再開発計画に反対した。  反対の声は屋台だけではなく、市民からも上がった。しかし、その声もむなしく、計画は強制的に進められ、屋台は次々と爆破されていった。  生活の糧を奪われてなるものかと、屋台街を代表して、おでん屋兄弟が立ち上がり、政府と交渉することになった。  政府が出した条件は、屋台として引き続き営業をしたければ、再開発で建造される「高速コンベア」に乗ること。  高速コンベアとは、中州を中心とし、博多と天神を直径とする全長七キロに及ぶ高架環状道路のようなもので、その名の通り、道路部分は高速で動くコンベアとなっている。  コンベアを回転寿司のレーンに見立て、回転寿司の皿にあたるプレートに屋台を丸ごと乗せ、二四時間回転させることでエンターテインメント性を高め、インバウンドはもとより、福岡の食を世界にアピールすることを目的としていた。  おでん屋兄弟は迷ったが、選択肢は他にないことを政府に思い知らされた。  おでん屋兄弟は、自分たちを高速コンベアに乗せるよう申し出た。  自ら実験台となり、営業をすることができたら、他の屋台も高速コンベアに引き上げてもらうという契約を取り交わした。  この契約を結んで帰ってきたおでん屋兄弟に対する、屋台仲間たちの態度は冷ややかだった。結局、政府の言いなりになっているじゃないか、激しく突っかかってくる者もいた。  しかし、どうすることもできなかった。いまは自分たちが高速コンベアに乗って、営業を実現させることだけが仲間たちを救うことにつながると信じた。  もし、おでん屋兄弟が高速コンベアでの営業に失敗すれば、すべての屋台は消滅する。政府はおれたちの失敗を見越して、契約を交わしたのかもしれない。  負けるわけにはいかなかった。  月日は流れ、二〇一八年一二月二三日。再開発計画で建造された高速コンベアのプレートに、おでん屋兄弟の屋台が搭載された。  屋台仲間たちが営業成功を祈って、ステーションまで駆けつけた。  コンベアを挟む両側の壁に配されたデジタルサイネージに電源が入り、虹色に輝くと、コンベアが動き出した。  おでん屋兄弟は緊張し、わずかに膝を曲げて屋台を押さえる。次第に速度が上がり、屋台仲間は後方へ。すでに見えない。  一二月の冷たい空気を切って、屋台は進む。  速度が上がる。  がたがたと振動する。  兄弟は直立していられず、身を屈めた。  時速は二〇〇キロに達した。  暖簾がばさばさとはためき、LEDの提灯が風圧で逆さまになっている。  酒瓶がガチャガチャと触れ合う。 「汁を冷やすな!」  兄が叫ぶ。大声を出さないと風の音でかき消される。  弟が火力を上げる。  遠心力でネタが片寄る。  足を踏ん張り、鍋をかき混ぜる。 「負けられねえ」 「負けられねえ」  兄弟は無意識に呟いていた。  風が顔に当たり涙が出たが、すぐに乾いた。

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