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 紫色の猛毒のお茶を静かにすすり、鼻男は遠くを眺めて目を細めた。  島流しの刑で、この島へ流されて来たのだった。もう十年ほど経ったのではないかと鼻男は思うが、カレンダーなどない無人島なので、正しい年月はわからない。わかったところで、日付を役立てる場面もない。鼻男が作った小屋に雨が降る。  島流しにされた者たちは、政治犯たちだった。鼻男も政治犯として捕らえられたが、実は政治犯ではなかった。政治犯の家の掃除をしたり、食事を作ったりする、ただの使用人だった。  島に送られるとき、鼻男は主人と同じ船だった。罪人となれば身分の上下などは消え、平等になるものだが、主人にはこれまで世話になっていたこともあり、鼻男の性格からも、いままで通り主人に仕える者として行動することにした。  刑務官が鼻男たちを島に残して帰っていくと、鼻男は自分の手首を縛っている縄を岩肌に擦り付けて切り、主人の縄も切ってやった。島は無人島で、人間は流されてきた十数名のみだった。夜になると月と星の光を残して辺りは暗闇となった。気候は温暖で、島流しにされたことを忘れれば、気分のよいものだった。  火をおこす道具がなく、人々は不安になったが、鼻男は火を起こすことができた。鼻男は眼から熱光線を発する特殊な能力を備えていた。また、海面にいる魚群の影を肉眼で捉えることができ、イルカと同じ速さで泳ぐことができた。喉から超音波を出すことで魚を気絶させ、大量に捕獲することもできた。素手で木を倒して、燃やし、魚を焼いた。鼻男は脚が丈夫で、イノシシやシカを追って片手で絞めることもできた。目からの光線で鳥を焼き鳥にしながら空から落とした。  鼻男の働きで島は楽園になった。しかし、楽園は長くは続かなかった。  ある日、鼻男が主人たちのためにお茶を用意した。これまでに味わったことのない、神秘的で深い味わいのあるお茶を作ることができたのだった。鼻男が島のもっとも高い山の頂で摘んだ茶葉で、お茶にすると濃い紫色になった。鼻男は事前にお茶の毒見をして、体に害のないことを確認していた。  主人を含む島の住民すべてが、そのお茶を飲んだ。脳みその蓋が開くような衝撃が心の中で爆発して、人々は最高に幸せな状態になり、遊びまくり、疲れて眠った。翌朝、誰ひとりとして起きてこなかった。その翌日も、翌々日も。死んでしまったのだった。  鼻男にとっては毒でなくても、ほかの人間にとっては毒だったのだ。鼻男の鼻腔にある特殊な粘膜を通った空気が、口の中のお茶を解毒していた。鼻男は主人らを死なせたことを悔やみ、落ち込んだ。  鼻男が落ち込んでいるとき、本島から刑務官五名が島の様子を見に来た。鼻男は刑務官の船に穴を開け、溺れさせて捕らえ、刑務官らの魂を死んだ主人らに分け与えて蘇らせた。数日で死んだ者たちを全員生き返らせることができた。  魂を吸い取られた刑務官らは、ぎりぎりの状態になりがなら、本島に引き返していき、島で起こったことを報告した。報告は世間に広がり、鼻男のいる島は鼻島と呼ばれ、新婚旅行で訪れるような観光地になった。鼻男はそれから三百年生きた。

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