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 副業がごたついて、本業で遅刻をしてしまった。  会社は副業を認めていないから、秘密にしていた。副業で休むときは、体調不良を理由に所属グループにメールをしている。休みが続いたので、上司とのアセスメントで、悩みがあるのか? 仕事量が多すぎるか? と気を遣われてしまった。本業はとても楽だった。時間が余ったから副業を始めたのだ。  副業はやりがいがあったが、本業との両立が難しかった。  副業の時間は、夜明けから本業の始業までの数時間。仕事道具は総量で十キロになるので、移動はクルマを使った。クルマを持つまでは、道具を抱えてラッシュの電車に乗っていたので、肩身の狭い思いをした。  順調に依頼をこなしたので、近頃は注文が途切れず、安定して副収入が得られるようになった。同業者から、独立してみてはと勧められたが、その気はなかった。  安定した収入があってこそ、副業を自由にできるし、副業が安定してくれば、本業も自由にできると考えていたからだ。  その相乗効果を実感できるようになった矢先、トラブルがあり、本業に影響を出してしまった。  晴れて風のない日だった。  早朝、ビルの七階のターゲットを狙撃するために、約一五〇メートル離れたホテルの屋上でスナイパーライフルを構えていた。天候が良いので、すぐに片付くだろう。  気がかりは本業だった。自分の進めてきたプロジェクトが大詰めを迎えており、来月発売する商品の出荷判定会議が午後に予定されていた。  会議には間に合うのだが、問題はそれを通せるかどうかだった。些細なことに難癖をつける部長たちが、しばしば判定を渋り、たまに気まぐれのようにNGを出して、これまでの努力を水の泡にしてしまうことがあった。  しかし、うまくいくだろう。社長に対し、入念な根回しをしておいた。部長たちがごねても、社長がゴーサインを出せば会議を通すことができる。気持ちを切り替えて、副業に集中した。  ターゲットが窓際に立った。  トリガーにかけた指が止まった。……見覚えのある横顔。社長だった。  ターゲットの部屋をスマホで確認したが間違いなかった。  社長を仕留めたら、せっかくの根回しが台無しになる。本業を取るか、副業を取るか、迷っている時間はない。窓際を離れられたら手遅れになる。 「お疲れさまでした……!」  社長が崩れ落ちたのを見届けると、大急ぎで会議に出席予定の部長たちを始末しないといけなくなった。会議を通すためだ。  開発部長は自宅まで行って仕留め、営業部長と企画部長は社内でサプレッサー付きの麻酔銃で眠らせて業者に引き渡した。  会議の時間になんとか間に合ったが、主要なメンバーがいなくなったので会議は中止になってしまった。うっかりミスである。

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