妻が小さくなってしまった。突然だった。 約一秒のうちに素早く何段階かを経て、小さくなったように思う。そう思うのは、一秒もかからず、たとえば一ミリ秒とかで小さくなったとしたら、小さくなったというよりも、まず「消えた」と認識したはずだから。 小さいにもほどがある。小さい人といって思い浮かぶのは、一寸法師、親指姫などだろう。 この人たちは小さいが、よく見ればその人だとわかる。妻はもっと小さい。針の先ほどの小ささで、見えない。 これが現実か、と打ちのめされた。一寸法師や親指姫は、架空のキャラクターだから、小さいといっても、物語の展開上都合のいいサイズに落ち着いているのだ。そうでないと物語にならない。法師なのか姫なのかもわからないほど小さいと、それはなんだ。困る。 現実は物語と関係のないところで動いている。だから現実はとことん小さい。物語になれないサイズ。これがリアルに小さい人のサイズなんだ、と私は肩を落とした。 「ただいま」 息子が小学校から帰ってきた。 あぶない。いつものようにリビングを抜けて自室に向かわれたら、妻にどんな影響が及ぶかわからない。息子の歩行によって巻き起こる風で、妻が埃のように舞ってしまうかもしれないし、舞った妻を鼻から吸い込んでしまうかもしれない。 「ちょっと待った」 「え? あれ、母さんは?」 私は両手でお椀のような形を作って、絨毯のある部分を示した。 「このへんにいるはず」 「どういうこと?」 「小さくなっちゃったんだ」 「なにが」 「母さんが」 「小さいってなに? どのくらい」 「すごく小さい」 「どこどこ?」さっき示したところを覗き込むように、息子が身を屈める。 「小さすぎて見えないんだ」 「父さんは見たの?」 「見てないけど、わかる」 「でも見えないなら、消えたのと一緒じゃん」 「ただいま」 玄関から妻の声がした。
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