自宅マンションのエントランスに立つと、接着剤で靴の裏とアスファルトをくっつけたみたいに動けなくなる。 電車の中で見たリベリオン解散のネットニュースの画像と、反逆民のツイッターが同時に頭に浮かぶ。 蒼良は溜息と深呼吸を織り交ぜた息を吐いてから、思いきって右足をアスファルトから剥がした。 「……ただいま」 玄関先にまで醤油の甘辛い香りが漂っている。そこで初めて、蒼良の腹がぐうと鳴った。空腹に気づくと、食欲があることに嬉しくなったし、解散のショックは空腹に負ける程度なのかと落胆した。 リビングでは祖父母が夕食の支度をしている。先に食べていていいのにといつも伝えているのに、祖父母は「三人で食べるって決まりだよ」と頑なに譲らない。 「おかえり蒼良。ねえ、蒼良が応援してる……あの女の子たち、解散するんだってねえ」 「え……なんでばあちゃん知ってんの」 「おじいちゃんがね、さっきテレビ見ながら言ってたのよ。蒼良が好きな子たちじゃないかって。お父さん、やっぱりそうだって」 蒼良の祖父──義雄はなぜか得意げな顔をする。若者文化がわかる自分すごい、みたいな。そんな義雄を見ていると、呆れつつも愛おしくなった。頑固な面もあるが、こういうお茶目な部分が憎めない。蒼良はそんな義雄が好きだ。 だけど、その得意げな顔は一瞬にして曇る。 孫の推しバンドが解散する。つまり、孫の心の支えが失われるということを、祖父母はよく理解していた。 それがふたりの表情から伝わってくるので、蒼良はふたりに心配をさせまいと振る舞う。どうやって振る舞うのが正解なのか、大人になってもわからないままだが、とりあえずそれっぽくやる。 「うん、でも解散ライブあるから。それまでは。ばあちゃん、最後のライブは……」 「も、もちろんよ! ばあちゃんに任せて」 祖母──美智恵は自分の二の腕あたりを叩く。ぱちんと小気味いい音がして、蒼良の口元がわずかに緩んだ。 テーブルに並べられた筑前煮と、味噌汁、白飯とかぼちゃのサラダ。どれも蒼良の好物だ。 美智恵はリベリオンの解散を知り、蒼良が肩を落として帰ってくることを見越していたのだろう。 蒼良はゆっくりと箸を動かし、かぼちゃの甘みに顔を綻ばせた。 自室の明かりをつけると、壁一面に隙間なく貼ったリベリオンのポスターが照らされる。メンバーが蒼良のことをじろりと見ているように錯覚する。 ──俺、だめな反逆民かも。ごめん。 推しメンバー、ベースのリオのソロポスターにそっと手を滑らせる。 初めてリベリオンを見たときの、リオのベースソロが頭の中に響いてきた。
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