さよならリベリオン
1−11 藤波蒼良の場合
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 最後の電話を終えて、聞き取った内容を会社のシステムに入力する。内容を確認し終えたところで、定時になった。  明日は土曜日、シフトも入っていないし二日間の休みだ。休みだからといって蒼良には特段用事もない。  一日中リベリオンのライブ映像を鑑賞するか、家事を手伝うか、祖父母と買い物に行くか。  休日の蒼良の予定はおおかたそんなものだ。ときどき中高時代の友人と遊ぶけども、まれだ。  去年の春くらいから、感染症対策で電車の乗客はほぼ全員マスクをしている。少し咳きこめばじろりと冷たい視線を向けられるので、蒼良はマスクの上から手で口元を押さえた。  電車を降りて夜風に当たると、やっと肩が軽くなった。  蒼良の自転車は静かな住宅街の中にぎいぎいと音を響かせる。  蒼良はカーテンの隙間から光がこぼれている家を数えた。ほとんどの家に明かりが灯っている。  真っ暗な家は蒼良が見る限りひとつもなくて、その光景に安堵しながらも胸の奥がきゅうと痛んだ。  真っ暗な家はさびしい。そんなさびしさを抱える家がないことは喜ばしいことだ。このあたりはきっと、幸せで満ちている。  ──と、もの思いに耽り、住宅地を抜けて角を曲がろうとしたところで、急にガチャンと大きな音がした。  気づくと蒼良は地面にひっくり返っていて、肘と背中に痺れるような痛みと鈍い痛みが同時に走った。  そして、前方がひしゃげている自転車が目に入った。それから、黒いセダン車。  ──車とぶつかった?  他人ごとみたいに今の状況を見ていたら、中年女性の声が蒼良の耳をつんざく。その声を聞いた瞬間に蒼良の心拍数が急上昇した。  どうしようどうしようと女性はスマートフォンを片手に右往左往していた。どこかに電話をかけているようだったが、どうしたらいいのかしら、と震える声で何度も言うだけだ。  こういうときは警察を呼んだほうがいい、と職場の上司に聞いたのを思い出した。  ちらりと女性を見ると、彼女はヒッと言って車の中にこもってしまう。話すらもできそうにない。  女性は車の中からちらりと蒼良を見てすぐに目を逸らした。  蒼良はとりあえず一一〇を押す。ほどなくして事務的な男性の声がした。 「もしもし、ああ、交通事故です」 『場所を教えてください』 「えーと荻窪駅の近くで……」  とりあえず警察に場所を説明する。現場に向かいますと言って電話が切れた。  しばらく待って到着したのはベージュ色のアルトラパンだ。明らかに警察車両ではない。  車から降りてきたスーツの女性を見て、車とぶつかったときよりも驚いた。
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