re 前世
3 初めて話せた人

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 ベッドに入り眠っている希実。夢を見ている。 <前世>江戸時代後期  「大丈夫かですか?!」  倒れていたかお、仁に揺さぶられてゆっくりと目を開ける。  かおの腕をひき、川沿いを家の方へ歩いて行く仁。 「‥あん山崩れの日‥父さんの帰って来らっさんで‥」  「うちも‥島原に家族が住んどらして‥でん不知火の奉公先で、島原で山崩れのあったって聞いて、心配でそこば飛び出して来てしまって‥」 「‥」  「そのまま雲仙に向かって走って行って、家のあった所らへんば見に行ったとけど土砂で家のなくなっとって‥避難所ばまわっても皆どこにもおらっさんで‥」  泣いているかおの腕を引いて歩いて行く仁。  <現在>  朝、目覚める希実。 「‥」  諦めようと思うと仁の夢を見た。  何だか諦めないでってかおに言われてるような気がしたけど、ただそう思いたいだけなんじゃないのかな‥とも思った。  夕方、産婦人科の一室。ベッドに座り赤ちゃんを抱いている沙耶良。 「生まれてきてくれたんだね、きぬ‥今度こそ私が守るからね‥」  ノックの音が聞こえる。 「はい」 「検温の時間です」  ドアを開け、希実が入って来る。  希実、沙耶良と赤ちゃんの体温をカルテに記入していく。 「どうですか?眠れてますか?」 「いえ‥何かあまり眠れなくて‥」 「そうですか‥昼間でもいいんで赤ちゃんが寝てる間に一緒に寝た方がいいですよ。と言っても私出産経験ないんですけど‥そうらしいです」 「あはは。そうなんですね。分かりました」 「退院してからが大変らしいです。だから今のうちに身体を休めておいてください。ここにいらっしゃる間はいくらでもお手伝い出来ますので、身体が辛い時は赤ちゃん新生児室でお預かりしますし、今のうちにゆっくり休んでくださいね」 「ありがとうございます。じゃあその時はお願いします」 「はい。その為の助産師ですから」 「分かりました。何か、可愛くてつい抱っこしちゃって‥」 「‥すごいですね。出産の時も思ったんですけど、初産なのに後藤さん、もう最初からお母さんっていう感じで、何かちょっと不思議な感じがしました‥」 「ずっと待ってたから‥」 「じゃあ、赤ちゃんがお腹の中にいる時からちゃんとお母さんになれてたんですね」 「‥お姉ちゃんなんですけど」 「‥ああ、まだお若いですもんね」 「いえ、そうじゃなくて‥何かこの子、妹の生まれ変わりなんじゃないかなって思ったりして‥」 「‥生まれ変わり?あ‥すみません」  謝る希実。 「あ、違います。妹元気です。すみません、私の勝手な妄想なんです。誰かの生まれ変わりなんじゃないかなって、前世で妹だったりしてって‥すみません」 「ああ、そうですか‥妄想、私も時々します」  笑う希実。 「では、また夜来ますね」 「はい。お願いします」  ドアを閉め部屋を出て行く希実、廊下を歩いていく。 「生まれ変わりか‥生まれ変わり‥そんなことあるのかな‥」  呟く希実の横を、後藤紗美莉が通り過ぎる。  沙美莉、各部屋の名前のプレートを見ながら歩いて行き、『205 後藤沙耶良』のプレートを見つける。ドアをノックする沙美莉。 「はい?」 「お姉ちゃん?私」 「沙美莉?」  沙耶良が答えると、ドアを開け沙美莉が入って来る。 「沙美莉‥どうしたの?」 「赤ちゃん見に来たんだよ。当たり前でしょ」  沙美莉、ベビーベッドの赤ちゃんを触る。 「可愛いね。髪‥金色?」 「うん、そうだと思う」 「へえ‥そっか‥いいじゃん、可愛い」 「来て大丈夫?‥お父さんもお母さんも怒ってたでしょ?放っておけって言われたんじゃないの?」 「そんなこと気にしなくていいよ。こんな可愛い赤ちゃん見に来ないなんて二人共、絶対人生損してるよね」 「‥ありがとう、沙美莉」 「お姉ちゃん、退院したら暫くうちに来なよ。愁もオーケーしてくれてるから。赤ちゃんに会うのすっごい楽しみにしてる」 「大丈夫だよ。当分は外出なくてもいいように買い置きとかもしといたし、何とかやっていけると思う」 「無理だよ。愁んとこもお姉さんが最近出産したんだけどさ、一人じゃすっごい大変だって、絶対応援してやれって言ってくれたの。こんな時くらい甘えなさい」  妹の気遣いがふと心を包む。 「ごめんね‥駄目だね、私‥」 「‥いいじゃん、駄目でも。全然いいよ」 「うん‥」  赤ちゃんを眺める沙美莉。 「可愛いね‥抱っこしていい?」 「うん‥」  恐る恐る赤ちゃんを抱っこする沙美莉。  沙耶良は誰からも祝福して貰えない我が子に、分かっていたこととはいえ、やはり寂しく感じていた。  廊下で、パパやおじいちゃんおばあちゃん達に囲まれている赤ちゃんを見ると、何だか申し訳無かった。  自分以外の人に可愛がられる我が子を見て、少し温かく感じる沙耶良。  その日の夜、見回りをしている希実。  沙耶良の部屋のドアをノックするが返事がなく、そっとドアを開ける。部屋が暗い。 「後藤さん?」  ベッドを見ると眠っている沙耶良。  ふとベビーベッドの赤ちゃんが小さく泣きだす。 「赤ちゃん、起こしちゃったかな‥」  そっと部屋へ入る希実。  赤ちゃんを抱き上げると泣き止む。 「いい子だね‥」  暫く抱っこしている希実、沙耶良の寝言が聞こえる。 「あかん‥きぬを返して‥」 「え?」 「うちの妹を連れて行かんといて‥」  夢にうなされている沙耶良を見て戸惑う希実。 「きぬ‥きぬ‥」  泣きながら目を覚ます沙耶良。  「あ‥」  ボウっとしている。 「‥大丈夫ですか?」  希実が声を掛けると我に返る沙耶良。  希実、室内灯を付ける。 「あ‥すみません。夢を見ていて‥」 「‥そういえば眠れないって仰ってたけど大丈夫ですか?」 「ああ‥はい‥すみません、大丈夫です」 「赤ちゃん、預かってましょうか?」 「いえ、大丈夫です。一緒にいる方がいいんです」  切羽詰まったように答える沙耶良。  赤ちゃんを抱こうと希実に手を伸ばす。  戸惑いながら赤ちゃんを沙耶良へ渡す希実。 「‥じゃあ、ナースステーションにいるので何かあったら声かけて下さい」 「ありがとうございます‥」  気を取りなす希実。 「あ、検温しに来たんだった‥すみません、お願い出来ますか?」 「はい」  体温を測定している沙耶良、思いつめた顔で希実を見る。 「あの‥」 「はい」 「実は‥私、妊娠をする半年くらい前からずっと同じ夢を繰り返し見るんです」 「‥同じ夢ですか?」  ピピっと体温計が鳴り、体温を確認する沙耶良。 「はい。あの‥これまでそう仰ってた妊婦さんと会ったことってありますか?」 「いえ、私は初めて聞きました‥」 「そうですか‥分かりました。すみません、変なこと聞いて‥」 「でも気になりますね‥」 「‥」 「私はまだ助産師になってそんなに年数経ってないですし、チーフに聞いてみましょうか?」 「いえ、いいです。ごめんなさい。気にしないで下さい。‥ただちょっと聞いてみたくなっただけで、そんな大ごとに考えてる訳じゃないんで、大丈夫です」  体温計を希実に渡す沙耶良。  希実、ふと自分の記憶のことが心によぎる。 「あの‥それとは全然違うんですけど‥」 「‥はい」 「記憶みたいな‥経験したことじゃないのにまるで経験したことのように思う映像みたいなのが、私‥自分の中にずっとあって‥ちょっと似てるのかなって思って‥」 「‥そうなんですか?子供の頃の記憶とかじゃなくってってことですか?」 「はい‥時代が違ってるんです‥すごく昔なんだと思うんですけど、それなのに何か自分が体験したことのような感じがして‥説明するの難しいんですけど‥」 「何か‥似てるかもしれない」  真剣に答える沙耶良。続ける希実。 「生まれた時から持ってた記憶みたいな気がしたりもするんですけど‥そんな訳ないですし‥」 「‥どんな映像なんですか?」 「‥何か時代劇みたいに絣の着物を着てて、その時代を過ごしてるんですけど‥実際に体験したことのようにリアルで‥」 「‥私も同じです。時代劇みたいな風景で‥」 「そうなんですか?」  驚く希実。 「‥私は、これって前世のことなんじゃないかって思ってるんです」 「‥前世?」 「はい‥ただのロマンティシズムなのかもしれないなんて思ったりもしたけど、でもこの夢には意味がある気がするんです。教えて貰ってるっていうか‥自分でも何言ってるんだろうって思うけど‥」 「‥」 「‥私の場合は夢なんですけど、城下町みたいなところに住んでいて‥」 <沙耶良の前世>江戸時代後期  京都の城下町の一角で、菜種製油所を営んでいる石垣家。  石垣家の長女さち、母親のしげと言い争っている。  生まれて間もない赤ちゃんを抱っこしているさち。 「あかんえ。この赤さんはまだ生まれたばっかりなんやで。お母やんが引き取らへんならウチが育てるえ」 「さち、何でそんなん言うん?何でお母やんの味方してくれへんの?」 「そんなんを言うてるんちゃうやん?こないな赤さん一人でどないすんの?誰かが育てんとあかんやろ?」 「やったら中原はんのとこに預かってもろうたらよろしおす。子供はんいらっしゃらへんし、喜ばれるわ」 「絶対にあかんえ。お母やんはちゃうても、お父やんは同じなんやさかい、ウチの妹なんえ。よそに預けるなんて許さへん」 「何でお母やんの気持ち分かってくれへんの?」 「この赤さんはお産の後すぐに実のお母やんが亡くなったんやで。可哀想やんか。それにこの子に非はあらへんやん」 「とにかく、あかんものはあかんさかい。旦さんかてそないしてよろしいって言わはったんおすえ。はよう、こっちへよこしおす」 「嫌やで。この子はうちが育てるさかい」  赤ちゃんを抱っこしたまま自分の部屋へと閉じこもるさち。  へやの襖につっかえ棒をする。  抱っこしている赤ちゃんを見つめるさち。 「安心しい。うちが守るさかい。どこにも行かせへんからね‥名前もうちが決めたえ。きぬちゃんや‥可愛いおすやろ‥」  暫くして、きぬを抱いたままこっそりと家を出て行くさち。  近所の乳母さんにお乳を分けて貰えるよう頼むが、女将さんに断るようにと言われてるからと言って何軒も断られる。お腹が空いて泣き出してしまうきぬ。 「待っててな。何とかするからな」  さち、遠く街の外れまで歩いて行き、何とか赤ちゃんのいる女性を見つけ出す。 「お乳を分けて貰えへんやろか?頼みます。この簪、ここに置いて行きますさかい」  簪を置いて頭を下げるさち。女性、簪をさちへ返す。 「困った時はお互い様どす。こないな可愛いらしい女の子が、そないな気遣いせんでええんどすえ」  きぬを抱っこしてくれる女性。 「おおきに‥」  感謝で涙がこぼれるさち。  それからその女性の所へ度々通っていたが、そのことに気付いた母によって、その道中で数人に囲まれきぬを無理矢理奪い取って行かれてしまう。 「あかん!きぬを返して!」  さち、追いかける。 「うちの妹を連れて行かんといて!」  さち力いっぱい走るが、全然追いつけずどんどん離れて行ってしまう。 「きぬ‥きぬ‥」  泣きながら走り続けるさち。 <現代> 「それから、妹には二度と会えなくて‥そんな夢をいつも繰り返し見ていて‥」  夢の内容を希実に話す沙耶良。 「‥何だろう‥不思議ですね」 「でも、この子はその時離れ離れになった妹なんです。変だけど、絶対そうなんです」 「‥」 「すみません‥こんなこと言われても戸惑いますよね‥」 「いえ‥」 「‥私は前世で出来なかったことを果たす為に、また妹と会えたんだと思ってます。だから、分からないけど‥助産師さんのその映像にも何か意味があるんじゃないでしょうか?」 「‥」 「すみません、いい加減なことは言えないけど‥ただ少し胸に留めて置いておいて貰えたらいいのかなって勝手に思って‥何かお節介で、すみません」 「とんでもないです。親身になって聞いて頂いて嬉しいです。ありがとうございます。私‥この話をしたの初めてなんです」 「‥」 「子供の頃は、皆私と同じように何らかの映像を持って生まれたんだろうって思ってて‥でも違うんだ、私だけなんだって分かってからは言わないようにしてて‥誰かに言ったら変な人だって思われるって思って、ずっとずっと誰にも言えなくて‥」 「同じです。私も夢のこと初めて人に話せて、こんなに真剣に聞いて貰えて、話して良かったです」  沙耶良の言葉に、安堵したようにため息をつく希実。 「あの‥ご迷惑でなかったら連絡先とか交換して貰えませんか?実は入院されている間は特別に誰かと親しくなってはいけなくて‥なので退院される時でいいのでお願い出来ませんか?」 「勿論です。嬉しいです」 「こんな話ができるなんて‥思いがけなくて‥本当に嬉しいです」 「はい、私もです」  嬉しそうに微笑む沙耶良。 「あ、戻らないと。では、また朝検温に来ますので‥おやすみなさい」 「おやすみなさい」  室内灯を消す希実、病室を出て行く。  沙耶良と心が通ったように思えて、不思議な安心感と高揚感が同時に広がった。

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