re 前世
12 睦の長崎出張①

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 翌朝、空港に向かって急いでいる睦と未知音。 「あと何分?」 「あと‥20分」  息を切らしながら、自動チェックイン機の前に着く。  チェックインを済ませ、荷物検査を通り搭乗口へ走る。  長崎に着き、空港で別れる睦と未知音。  未知音はホテルへと向かい、睦は大園先生の講演会場である天童大学へ向かう。  天童大学の大講義室と呼ばれる200名ほど入る会場の入り口で受付をしている睦。来場した人に資料を渡したり、質問に答えたりと忙しく働いている。  すると受付に来た一人の男性が睦の前に立つ。  睦、その男性を一目見て、何かを感じ取る。この人、どこかで会ったことがある気がする‥何故か瞬間的にそう思い、不思議な感覚に包まれる。 「‥こちらにお名前と‥差し支えなければ所属をご記入下さい」  睦が案内すると男性が受付表に『西岡理久、有明医大・医師』と記入する。 「こちらが今日の講演会の資料です」 「ありがとうございます」  落ち着いた物腰の西岡理久、睦から資料を受け取り会場へ入っていく。  睦、西岡理久と書かれた名前を見つめる。  次の人が訪れ、対応に追われる睦。  大園先生の公演が始まり、会場の中へ入る睦。  前の方に西岡の姿を見つける。何だろう‥何かあの人、気になるな‥。睦、ふと携帯を手に取り、会場の外に出る。廊下で未知音に電話を掛ける睦。  ホテルにチェックインし、部屋で仕事の書類を見ていた未知音、電話に出る。 「もしもし、どうしたの?」 「母さん?‥変なこと聞くけど‥西岡理久さんって人知ってる?」 「え‥」 「ごめん、何かさ‥」  睦の話の途中で未知音が話し出す。 「その人、その人だよ、睦のお父さん」  未知の言葉に息をのむ睦。 「あ‥今、その人が大園先生の講演を聴きに来てる」 「私‥名前言ってないよね?」 「うん‥何か、何となく‥分かんないけど、何か感じた‥」 「‥すごい」 「‥分かんないけど‥どうしよう‥」 「今からそっちに行く。何時に終わるの?」 「4時に終わる予定だけど‥場所分かる?」  未知音に天童大学の場所を説明する睦。 「分かった。行ってみる。また連絡するね」 「うん‥何か怖いな‥」 「‥そうだね‥私も」  小さくため息をつく、睦と未知音。  大園先生の講演が終わり、人々がドアから続々と出て来ている。  廊下で西岡が出てくるのを待っている睦と未知音。 「母さん、会ったことあるの?」 「うん、お姉ちゃんの病室で何度かある‥」 「そうなんだ‥」  睦、人の流れの中から西岡を見つける。 「あ、あの人‥あのグレーのスーツの‥」 「‥本当だ‥西岡さんだ‥」  未知音、西岡に向かって歩き出す。後を追う睦。  未知音、西岡に声を掛ける。 「あの‥西岡さんですよね?私、川崎です。29年前、住友医大に姉が入院していて、その時にお会いしたのですが、覚えてらっしゃいますか?」  恐る恐る尋ねる未知音。  じっと未知音を見つめる西岡。 「‥ちいちゃん?」  驚いて、時が止まったように固まる西岡。  未知音も驚いていた。そうだった‥お姉ちゃんと西岡さんだけがそう呼んでくれた。お姉ちゃんが亡くなって、どれくらいぶりにそう呼ばれたんだろう‥未知音も姉と過ごした時間が押し寄せるて来るように感じた。 「はい、そうです」 「ビックリした‥よく俺って分かったね」 「はい‥」  ぼんやりしている未知音。ふと我に返る。 「あ‥あの、突然すみませんけど、今って少しお時間ありますか?」  遠慮がちに尋ねる未知音。 「‥どうかしたんですか?」 「聞いて頂きたいことがあって‥もし、お忙しいならまた改めますので‥」 「いや、大丈夫です」  西岡を見ながらぼんやりと、睦はお姉ちゃんに似てると思ってたけど、西岡さんに似てるのかもしれないな‥と未知音は思っていた。時間が止まったみたいに少しも変わっていない西岡に、やはりこの人の中に姉さんが変わらずにいるのかもしれないと、何となく思った。そう思ったら、睦のことを話すことがネガティブなことではないかもしれないと、少し安心出来た。でも、隣にいる睦の空気が張り詰めていていつもよりずっと頼りなさげで、思わず背中に手を置いた。  少し考える西岡。 「少し歩きますけど、いつも行ってる喫茶店があるので、場所移動しませんか?」 「はい、ありがとうございます」  歩き始める西岡についていく未知音と睦。  ふと西岡が振り返って睦を見つめる。 「‥どこかで会いましたっけ?」 「あ、先程受付にいました」 「ああ‥」  腑に落ちない面持ちで、再び歩き始める西岡。  喫茶店に入り席に着く三人。  コーヒーを注文し、未知音が話し始める。 「ご存じか分かりませんが、姉は26年前に他界しました‥」  一瞬息を飲む西岡。 「…そうですか‥そんなに早かったんですか‥」 「はい‥治療をしないって決めて病院を移って、二年ほどでした‥」  黙って頷く西岡。 「実は入院中に姉は出産をしました。でも当時西岡さんには言わないでほしいと言われていて‥この子が、姉の子です。睦といいます。姉がつけました」 「…」  驚きで言葉が出て来ない西岡。 「両親は産むことに反対だったんですけど、私は一つの命なのだからと姉の出産を後押ししました。姉はすでに治療をやめていて先が長くないことも分かっていたんですけど、私は本当は姉が産みたいと思っていると思ったし、何としてもこの命を救わなければと思いました。もしもお姉ちゃんに何かあっても絶対に私が責任を持って育てるからと何度も説得して、姉も中絶は出来ないと思っていたようで最後には出産を決めました。不思議なことに出産後少し病気が快復に向かったんですけど‥睦が一歳を迎えて暫くして亡くなりました。それから私達夫婦が養子縁組をして、睦には事実を伏せて実の子として育てていました‥姉の出産にも立ち会いましたし、その直後からずっと一緒に育児をしていたので本当に自分で産んだように思っていて‥寝返りを打った時も、初めての離乳食も、姉と一緒に喜びました。その後私は二歳違いで女の子を生んだんですけど、でも私にとっての初めての育児は睦です。睦と普通の親子で居たいと思いました‥けれどいつか戸籍を見た時にショックを受けるより私達が話しておいた方がいいだろうと主人と思い直して、睦が二十歳の時に事実を話しました」  小さく頷く睦。未知音が続けて話す。 「‥最近、当時姉を担当して下さっていた三井先生と偶然仕事でかかわって、そしたら西岡さんの論文を最近読んだって仰っていて、長崎の方の医大にいるのかもしれないって教えて下さって‥思い切って睦と一緒に訪ねて来ました‥」  戸惑いながらもしっかりと、少しも聞き逃さないように聞いている西岡。 「突然、すみません‥私、姉と西岡さんが何で別れることになったのかとか、何も聞いてなくて‥会っていいものかすごく悩んだんですけど、こないだ実家に立ち寄った時に偶然、姉が私宛に書いた手紙を見つけたんです。絶対に私が触らないような場所にあって‥姉が私に読んで欲しかったのか、読んで欲しくなかったのか分からないけど‥もしも西岡さんがずっと一人だったなら、その時は睦のことを教えてあげて欲しいって書いてあって、西岡さんはどこか一人な感じのする人で、それは自分でも解消してあげれなくて、でも血の繋がった子供がこの世にいるって思ったら彼は漸く一人じゃなくなる気がするって‥」  一気にこれまでのことを話した未知音。 「このタイミングでその手紙が出て来たことに、何となく運命的なものを感じました‥」  西岡は視線の先の物が見えていない様子で、何かを思い出すように、目の前にいるのに過去へいるかのように見えた。  黙って睦を見つめる西岡、暫くして口を開く。 「‥未来音のことは何か聞いてますか?」 「‥画家だったってことは知ってますが、あまりピンとこなくて‥」  頷く西岡。 「そっか‥未来音に似てるな‥」 「‥」  話し始める西岡。 「研修医として住友医大にいた時に、そこに入院していた未来音と出会いました。出会ったと言っても最初は僕が一方的に知っていただけで‥最近人気の画家が患者さんにいるって聞いていて、僕の同期の三井ってヤツが当時の彼女の担当医の元についていて‥病状は良くないってことも聞き知っていて‥ある日、未来音が屋上で絵を描いているところに出くわして、彼女は気づいてなかったんだけど、空にすっと手を伸ばしてパワーを受け取るみたいに暫くそのまま止まったままで、その後ふいに絵を描き始めて‥その姿がすごく綺麗で、この人神様のお使いで来たんだって何でか瞬間的にそう思って‥そしたら訳の分からない涙が出て来て止まらなくて‥そんなことは初めてだったし、それ以来そんな場面に出会ったことはなくて‥気づかれないようにその時はその場を立ち去ったんだけど、それからずっとその姿が離れなかった‥それから暫くして医大の中庭のベンチでスケッチをしている彼女を見掛けて、僕はあの時の感動をどうしても伝えたくて声を掛けたんです。彼女は最初僕の剣幕に驚いていたけど黙って話を聞いてくれて、ありがとうって言ってくれて‥それからよく中庭で話すようになって‥僕は彼女に惹かれていって、付き合って欲しいって言ったんだけど、誰も好きにならないまま命を終えたいんだって言われて、それ以上何も言えなくて‥」  当時を思い出しながら自分に確認するように話していく西岡。 「彼女の病気のことや治療法を調べて、それを資料にして彼女に説明して、そんな日々を繰り返して何とか彼女が折れるようにして交際が始まって‥交際と言っても当時は携帯電話も普及し始めた感じの頃で、でも彼女はそんな物持ちたくないって言う人で、だから日記を交換するみたいな感じだったんだ‥それだけでも本当に嬉しくて‥だけど彼女は治療には消極的だった‥僕は少しでも生きて欲しかったけど、彼女は自分の病気は完治はしないのだから治療で苦しむよりこのまま自然に終えたいって言っていて‥僕は生きたいって思って貰えないことが悔しくて、少しづつ言い合いになることが増えていって‥でも一度だけ外出許可が出た時に一緒に旅行に行けたことがありました。その後、暫くしてどうしても僕たちは折り合いがつかなくて、彼女は終末医療の専門の病院へ転院して行って‥僕は僕でそれから何もする気が起きなくて、医大も辞めることになって‥2年くらいはアルバイトしながら、ただ日々を過ごしていたけど、偶然大学時代にお世話になっていた先生に会って、もう一度研修医からやり直して、医学研究に進みました。‥未来音のことはずっと気になっていたけど、知るのが怖かった‥何となく、もういないんじゃないかって思ってました‥。でも彼女の死を受け入れられるのか分からなくて、怖くて到底探すことなんて出来ませんでした‥」  辛そうに黙る西岡。  初めて聞く事実を未知音も睦も、知らない出来事としても、何だか知っている出来事のようにも思って聞いていた。  未知音は未来音への思いを口にした。 「姉は子供の頃からずっと病気と一緒で‥何か、そこにいるのにいないみたいな感じがすることがあって、そんな時は怖くて確かめたくなるようでした‥でも絵を描いている時だけは強くて凛々しくて柔らかくて・・本当に綺麗な人でした。手紙に、自分は死にたくないって思いたくないと思ってずっと生きてきた・・けど睦を生んで死にたくないって今思っていて、ああ罰が当たったんだって思うって書いてありました。謝りたいなって‥書いてあって、きっと西岡さんのことだろうと思いました」 「そっか‥最後は生きたいって思えたんですね‥僕は生きたいって思いながら死ぬ方が幸せだって思っていて‥でも彼女の言うことも分かって‥どうすれば良かったのかなって思います」 「‥本当は一日でも長く一緒にいたかったって書いてありました‥本当は治療で苦しむ姿を見られたくなかった、変わっていく姿を見られるのは嫌だったって‥私はそう思えた姉は幸せだったんだって思いました。西岡さんに会ってお礼が言いたいって思いました」  長い沈黙の後に、小さく「そうですか‥」と西岡が呟く。少し声が震えていて、未知音も睦も何も言えなかった。 「‥父親なのに、ずっと何もしてあげられなかったんですね‥本当に申し訳ないです。‥正直、突然のことに驚きはしましたが、でも彼を見てると何か説明できないような、不思議な感覚があって‥」 「‥俺も同じです。最初に見た時に、きっとこの人だって何故かそう思って‥」 「会いに来てくれたんですね‥ありがとうございます。未来音のことも‥亡くなってるだろうとは分かっていても、信じたくなくて‥でも、知れて良かったです」 「‥俺も、事実を受け入れて貰えないんじゃないかって思ったりしてて‥でも二人が想い合っていたって分かって、やっと安心出来ました‥」  睦の言葉に優しく頷く西岡。 「睦は姉にも似てるけど、西岡さんにもやっぱり似てます」 「本当ですか?僕より背が高いんじゃないかな‥すごいな‥嬉しいです。こんな嬉しいことがあるんですね‥」  睦も未知音もすごく嬉しかったけれど、西岡が一番喜んでいるように感じた。

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