夏になり、お盆休暇で睦が家に帰省することになった。 張り切って大掃除をしている和志。チャイムが鳴る。 ダッシュで玄関に出迎える和志、ドアを開けると睦が立っている。 「鍵持ってるだろ?何でチャイム押すんだよ」 「いや、何となく‥」 荷物を持った睦が入ってくる。 「何か嫌だな‥ここは睦の家なんだから、いつでも勝手に入っていいんだからね」 「うん、じゃあ今度からそうする」 リビングへと入る睦。『おかえりなさい』と横断幕が貼ってある。 クラッカーを鳴らす希実と未知音と沙耶良。 「わっ」 きぬが驚いて泣き出す。 「沙耶良さん‥お久しぶりです。え?きぬちゃんですか?」 「はい」 「わー、でかくなってる」 きぬの成長に驚く睦。 庭でバーベキューをした後、沙耶良ときぬを車で家まで送って行く睦。 希実はチーフの子供さんが熱を出したと病院から急に連絡が入り、仕事へ出掛けて行った。 「すみません、帰ってこられたばかりなのに‥」 「全然大丈夫です。そっか、前に行った所は妹さんの家だったんですね」 「はい。一か月もお世話になって‥妹には今でも何かと面倒見てもらってます」 「へえ、仲いいんですね」 「はい‥でも希実ちゃんとお兄さんも‥」 言いかけてはっとする沙耶良。 微妙な空気が流れる。 「‥前に沙耶良さん、夢の話をされてましたよね?」 「はい‥でももう今は全然見なくなりました‥」 「そうなんですか‥」 「‥希実ちゃんにお兄さんに記憶の映像のこと話したって聞きました」 「ああ、はい‥俺も夢を見て‥希実の記憶とも一致して‥」 「聞きました‥すごいですね‥」 「生まれた時からこの記憶があったんだって希実に言われて驚いて‥だけど、実は最後に見た夢のことはまだ話せてなくて‥」 「‥最後に見た夢ですか?」 「はい。それから一人で考えていて‥なかなか答えが見つからなくて‥」 「あの‥考えてるってことだけでも希実ちゃんに言って貰えませんか?希実ちゃんも、伝えられずにいることがあるみたいで‥」 「‥」 「あ‥すみません、立ち入ってしまって‥」 「いえ、違うんです、全然です。あ‥それともしかして、その夢の中で沙耶良さんらしき人にも会ったかもしれません。その当時も希実の相談相手だった人で‥違うかもしれないけど‥」 「希実ちゃんにも言われました。もしかしたらあれは沙耶良さんなのかもしれないって言ってくれて‥私はそこまでは夢に見れてないんですけど、そうだったら嬉しいな‥」 「きっとそうですよ。何か不思議ですね」 「本当にそうですね‥そんなことがあるんですね‥」 沙耶良、抱っこされて寝ているきぬの顔を愛おしそうに眺める。 次の日、勤務を終えた希実が病院から出て来る。 駅へ向かって歩いていく希実。その途中に睦が車で待っている。 睦に気づいて驚く希実。 「どうしたの?」 「プリンアラモード食べに行こう」 「ええ?何で?」 「早く乗って」 よく分からないまま希実が車に乗り、お店へと向かう二人。 プリンアラモードを食べている希実。 「やばい、美味しい」 笑う睦に、希実が尋ねる。 「急にどうしたの?」 「いや、プリンアラモード食べてる時は希実がわがままを言っていい時なんだよなって思って‥」 「‥何で‥怖いよ‥そんなこと言わないで‥私兄妹で大丈夫だから、ごめんね、前に変なこと言って‥」 「‥春にさ希実達が長崎に来てくれた時、俺本当はあの日また夢見たんだよ」 「‥」 「それからずっと考えてて、でもよく分からなくて‥ごめん」 「そっか‥考えてもらってたんだ‥ありがとう」 「いや‥」 暫く黙っている希見。プリンアラモードを急いで平らげる。 「‥どうしたの?」 「じゃあ、わがまま言ってもいいのかな‥」 「‥うん」 「私は最初から睦のことが大好きで、でもそれは叶わないことで許されないことなんだって子供の頃に分かって、それからずっと封印してた‥」 「‥」 「だけど気持ちがなくなりはしなくて、睦を好きなまま妹でいるしかなくて‥だから妹じゃなかったって分かって、私は本当は嬉しかったんだ‥睦を好きな気持ちからは解放されなくても、自分が変なんじゃないかっていう思いからは解放されるって思った‥本当は希実はこれからも妹だって言われるのは少しこたえた‥私はずっと睦のことが好きだったよ‥ずっと言えなかった」 しんとなる二人。 意を決したように希実が口を開く。 「私のこと妹としてしか見れないかな‥」 希実の想いはもっと淡いのかと思っていた。睦は何となく想像していた希実の想いが、想像が及ばないところにあったことに気付いた。妹という言葉は希実が一番言われたくない言葉だったのかもしれない‥ 「ごめんね‥やっぱりひかれたらどうしようって思ったけど、言わないで後悔するのは嫌だなって思って‥」 「いや‥ひいたりはしないよ」 「うん‥ありがとう」 「いや‥」 「私は睦がいなくなったこの一年半、ただ会いたかった‥ことあるごとに睦がいないって思ったよ、何をしてても‥睦がいないって思うことが睦がいることみたいに思えた‥思い出すことはいっぱいあるんだなって思ったよ、26年分あった‥どれだけ思い出してもまだまだいっぱいあって‥そうやって何とか一年半過ごしたよ‥」 「‥知らなかった」 「うん‥知られないようにしてた‥」 「考えるよ‥」 希実にとっては、これ以上好きになりたくないと思いながら聞いていた睦の声で、ずっと百では聞けなかった。引き算しながら聞いていた。それは引き算をせずに初めて聞けた声だった。 翌日、長崎へと帰る飛行機の中。窓の外をぼんやりと眺めている睦。 何故かふと前に和志が言った言葉がよぎった。「これから先、睦が俺達に遠慮してるって思ったら、逆に進んで欲しいんだ。それが俺達にとって嬉しいことだから」。もしかして俺は父さんと母さんに遠慮してるんだろうか‥希実を妹以外に思うことは二人を裏切ることのような気がする‥でも父さんと母さんなら違って思ってくれそうにも思う‥それは都合のいいように思っているんだろうか‥ 睦が長崎へ戻った日の夜、希実と和志と未知音は少し寂しく晩御飯を食べていた。 食事が終わり、リビングでテレビを観ている和志。やはり元気がなかった。 キッチンで後片付けをしている未知音と希実。 未知音がふと希実に思い出話をする。 「希実‥昔さ、希美がまだ小さい頃、睦と結婚したいなんて言わないでって私が言ったの覚えてる?」 「え‥何で?」 「いや‥何かさ、何であんなこと言っちゃったんだろうって思って‥よく考えれば、別に二人は本当の兄妹って訳じゃないし、結婚出来なくもない訳なのに‥あの時希実、ショックだったんじゃないかなって思って‥申し訳ないことしたなってふと思ったんだ‥」 「‥」 そんなことないよって言いたかったけど、声が震えそうで言えなかった。
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