(インターホンが鳴る) はーい。 (扉を開ける音) そろそろ来ると思って、お待ちしておりました。 雨、ひどかったでしょう? わざわざこんな日にお越しいただいてすみませんね。 (相手方、反応に戸惑う) ふふ・・・なんて、分かってます。それがあなた方の仕事ですものね。 さぁ、どうぞお上がりください。 コーヒーしかありませんが、お飲みになれます? まぁ、遠慮なさらないでよろしいのに。 それにこれが最後ですから、おもてなしくらいさせて下さい。 (相手方、居間のソファに腰をかける) (キッチンからコーヒーを三つ入れて持ってくる) はい。どうぞ。 (相手方、顔を見合わせ出されたコーヒーに目を落とす) あぁ、安心してください。何も入っていませんよ。 普通のブラックコーヒーです。 ・・・それか、ミルクかお砂糖でもお使いになります? (相手方、かぶりを振る) そうですか。 (相手方、それでも飲むのを渋っている) 仕方ないことですが、いくら刑事さんでも不安になりますよね。 同じデザインのコーヒーカップなんて。 無理して飲まなくても結構ですよ。私が出したくて出したものなので。 ただ刑事さんたちに危害を加える理由が私にはありません。 私の目的が既に終えていることはご存知でしょう? だからこうしてあなた方は私の元にいらっしゃった。 これでもコーヒーを淹れるのは得意なんですよ。 ちゃんと豆から挽いて淹れてるんです。 豆を挽く音、ケトルが沸騰する音、お湯をカップに注ぐ音、挽いた豆の香りが部屋中に広がって、湯気が靡く様子・・・。 いつもの場所に座って朝日を眺めながら飲むその時間が私、とっても好きで・・・ー ごめんなさい。聞いてないですよね、こんなこと。 (刑事の一人、コーヒーに口をつける) ね?何も入っていないでしょう? 美味しい?よかった。 (もう一人の刑事も飲む。その様子を見ながら自分も飲み呟く) あの子も美味しいって言って飲んでくれてたのになぁ。 ええ、どうぞ。 こうして最後にこのコーヒーを飲めたんですもの、もう十分です。 (刑事方、自分に問う) はい。間違いありません。 私が彼女を殺しました。 すべて、あなた方の推察通り。 ふふふ、完敗です。 (刑事、更に問う) 理由ですか? それって、いわゆる犯行動機ってものですよね。 (私、あどけなく微笑んだ様子で) 簡潔に言えば、そうしたくなったからです。 美味しいコーヒーを淹れてあげるのは私だけでいいんですよ。 邪魔だったんです、周りが。だから殺した。 (自分、窓に目を向ける。雨の音がよく聞こえてくる) あの時もちょうどこんな雨でした。 目を瞑るとあの子がそのソファで悶えていた姿が鮮明に浮かんできます。 こっちをじっと見て、最後になんて言ったと思います? なんで、ですよ。なんで。 なんで。なんて言われても困りますよね。 (刑事、唾を飲み込みまた問う) なんて返したかですか?ええ、よく覚えてますよ。 今こうしたいって思ったからだよって。そう返しました。 付け加えて、これで私が一番のままだねって伝える頃にはもう死んでました。 どうでしょう、納得いかれました? (自分、窓に目を向ける) 雨、止みませんね。 私、雨って嫌なんですよ。ジメジメして、陰鬱とした気持ちになって。 もう何十年も経ってるっていうのに、記憶から消えてくれない。 だからこそ雨の日を選んで、とっても大切な思い出を作ったのに彼女ひとりじゃ全然塗り替えられない。 もっと思い出を増やさなきゃ駄目みたいです。雨が降るだけもっと、たくさん。 (自分、窓から刑事に視線を移す) ねぇ、刑事さんたち。あなた方は私にどんな思い出を与えて下さいますか。
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