そんな都合のよいことが、この世にあるだろうか? 私は自分自身の一切を忘れていたが、この世の厳しさは憶えているらしかった。 気を落ち着かせるため、冷え切ったカフェ・オレを飲み干して、私は手帳に書かれた銀行口座の暗証番号を見つめた。 0000。 ふざけた数字だ。もちろんその番号にも憶えは無かった。 私はノートをカバンにしまい、中にあった財布から店の会計を済ませて、外に出た。 ビルが立ち並び車の行き交う、そこそこの規模の街だった。通帳に書かれた店名の銀行の支店も、すぐに見つけることができた。 私はそこでATMに通帳とカードを入れ、先程の番号で現金を引き出してみた。 当たり前のように紙幣が一枚吐き出されてきて、確かに一生食うに困らないだろう金額の残高が、口座に残されていた。 私は喜ぶべきなのだろうか。 口座からは、私が過去に現金を引き出し使ったとおぼしき履歴が、淡々と印字されている。 時には大金を引き出してみたり、ごく少額しか使われていない時期もあった。 その頃の自分のことは全く思い出せない。
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