おや、誰か来たようだ……
006 誰か私を買って

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 店の戸を開くと、いつもの客が来ていた。  着古した安いスーツのサラリーマン。  いつもの絵の前に案内すると、男は赤いドレスの女の絵を飽かず眺めていた。絵の値札に並ぶゼロを見下ろし、男が深いため息をつく。 「この絵のモデルはね、画家に殺されたらしいんです。特殊な薬を飲ませてから、その子の血で絵をかくと、いい赤が出るって言ってね」  私は男の隣に立ち、その話を教えた。  男は驚き私を見た。 「本当ですか?」 「まさかですねえ。そんなものとても売れやしません。そのくらい魂がこもった絵だということでしょうね。いい絵でしょう?」  男は話を聞きながら、濡れた目でこちらを見ている絵の女と見つめ合っていた。 「この絵を買います。何もかも売って」  男は金を作ると約束して、店を駆け出していった。  売約済みの札を絵に貼りながら、私は赤いドレスの女に話しかけた。 「よかったな、買ってもらえて。次は幸せになるんだぞ」  絵の中で、女が泣いていた。 ――完――

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