サマースプリンター・ブルー
興奮してまいりました

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「はぁぁぁぁ……」  浜辺に寝転がり、体中のモヤを吐き出すように大きくため息をついたけど、そんなにすっきりしなかった。  夏の夕空はいつも、熟れた果実のような真っ赤な色をしている。推察とか実証とか、そんな言葉ばかり使ってしまうのは、この分厚い推理小説に影響を受けているからなのか。胸の上にのせている本を手に取る。夕焼けに向かって腕をのばし、しおりの挟まれているページを開いた。2週間の貸出期限に間に合わず、私は図書室で延長の手続きをした。ミッコからあの話を聞いて以来、小説の内容はちっとも頭に入ってこず、全然先に進めない。 「どのあたりまで読んだ?」  分厚い本が、手からつるりと滑りみぞおちに落ちた。松永くんが隣に腰を下ろすから、痛みよりも驚きのほうが上回り、私は慌てて上体を起こし、長座前屈の初期姿勢みたいなかたちで、パパッと制服の砂を払った。 「えっと、九章のとちゅう……」 「うん」 「夏休みまでかかっちゃうかも」 「うん」 「松永くん、このあたりに用があったの?」 「いや、この前、よく浜辺にいるって言ってたから」 「私が?」 「そう」  夏の風が制服のスカートをふわりと膨らませる。それを両手でおさえなきゃいけないから、揺れる前髪を整えられない。夕陽が海に沈んでいくのを、隣で体操座りをする松永くんとふたりで眺めていた。 「あの、青葉さん」  へ、と彼を見ると、その顔にいつもの笑みはなく、松永くんの神妙な面持ちに、ぞ、と背骨をつままれた。抜き差しならない空気を感じ、「今明らかになるのかもしれない」そう、確かに思った。  私の推察、どちらが正しいか。  しかしその答えは、吹きつける海風に中断されるのだった。風が、私のスクールバックの外ポケットからはみ出していたプリントを「ビュウッ」と海のほうへ飛ばした。  私がスカートを押さえている間に、「あっ」と短く声を切り、松永くんがプリント目掛けて追いかけた。その、空に飛び立つ海鳥みたいな後ろ姿にぽうっと見惚れていたが、ハッとし遅れて立ち上がった。あれはなんのプリントだ。まさか、いつかの授業中に落書きした、私の悩ましい恋心が生成したハズかしいポエムが書かれたものではなかろうか。羞恥心が走るスピードを加速させる。 「あっ、松永くんっ! 待って!!」  全力で駆けようやく彼に追いついた。でも私の叫びより1秒先に、彼が波打ち際で風に泳ぐプリントを捕まえる。 「え?」 「待っっっって!!!」  振り向く松永くんの手から、強引にプリントを奪いとった。その反動から私は態勢を崩し、私を助けようと咄嗟とっさにつんのめった松永くんと同時に、私たちは浅瀬に倒れこんだ。  ばしゃっ、と水の跳ねる音が海辺に響き、ぬるい海水にふたりの制服が浸されていく。松永くんの白いシャツは、夕陽色に染まっている。 「あぁ、ごめん! 松永くん……!」 「青葉さん、字きれいだね」 「えぇ」  見られた!  私はおそるおそるプリントに目を向ける。生物の小テストだった。しかしポエムは書かれていなかった。私の、意識して丁寧に書こうとしている文字が並んでいる。  松永くんのささいな一言がまた私の心を捕らえる。 「青葉さん」 「え、はい……!」 「スマホが」 「え」  松永くんが、なんとも言えないような顔で海を指している。「ぎゃっ!」私は目も口も大きく開き嘆いた。彼の指差す先には、スカートのポケットから飛び出した私のスマホが水没していた。  水底からあわあわと救いあげ、「とりあえず、拭こう」という松永くんの言葉に従い、私たちは濡れた体で浜まで走った。  バックからタオルを取り出しスマホを包む。水気を拭き取りボタンを押すも、画面は真っ暗なままビクともしない。 「すぐにドライヤーで乾かしたほうがいいかも」  柄のない真っ白なタオルで体を拭く、松永くんが言う。 「う、うん……」 「僕も昔やったことあるけど、水気を飛ばして1日放置させたらなんとか復旧はできたから」 「わかった、家に帰ったらすぐ乾かす……!」 「うん」 「松永くん、制服濡らしちゃって本当にごめんなさい。よかったらこれも使って」  私は部活用のタオルでごしごし手元を拭くと、ポーチからハンカチを取り出し渡した。青の水玉模様のハンカチが彼の手に渡る。 「きっと大丈夫だよ」と気の毒そうな表情の松永くんに励まされながら(そんなにショゲた顔をしていたのだろうか)、私たちはそれぞれの帰路をたどった。  部屋で、机と向き合う。  姿勢を正し、ペンを握る。  スマホはドライヤーで充分に乾かし、電源をつけないまま机の隅に置かれている。  今日改めて思った。  私はやっぱり松永くんが好きだ。それも、かなりだ。  松永くんといると、心の中で勝手に打上花火が上がり無条件に気持ちが逸る。同時に切なさも胸に迫ってきて、彼のそばにいるほど、どんどんどんどん息が詰まり苦しくなる。  推察とかなんとかうじうじ考えるよりも、結果がどうであれ、この気持ちを伝えたい。  今きちんと伝えきられなければ、この胸は一生苦しいままだ。  筆ペンで便箋に想いを連ねる。ちっともうまく言葉にできない私だ。手紙を書いて読んでもらおう。読んでもらって、「お付き合いしてください」と一言伝える。これでいこう。筆ペン、ってラブレターにしてはシブすぎるかなと悩んだけれど、私は私がもっとも想いの乗るかたちで書きたかった。墨汁のにおいが松永くんを密に連想させてくれる。香りが鼻から体の奥に入ってきて、皮膚の内側がじくじくと熱くなる。火照りは体の芯をまっすぐ駆け上がり、脳みそをとろりととろけさす。  じっくり、時間をかけて書く。しだいに息まで荒くなってきて、ペンを握る手も汗ばむ。墨のにおいと汗のにおいと松永くんの残像に頭がくらくらしてくる。興奮してまいりました。  ふぅ、と一度息を吐き、小刻みに頭を揺らし邪念を払う。墨のにおいに欲情する自分にちょっと引く。  再度集中し、ペンを握り直す。松永くんを好きになってから、自分の字の雑さを恥じ、きれいな字を書く練習をした。一文字にたくさんの想いをこめるように、届くように、丁寧に書く。  明日から土日休みに入り、月曜にはもう終業式だ。  夏休みがはじまってしまう。  学校で会えなくなる。夏休みなんて、特別な理由がない限り会えないものだ。そうなると、きっと私はまたヒヨって言えなくなる。  週明けの学校で、必ずこの手紙を渡し、想いを伝える。

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