受験も無事終わり、心無しか浮き足立ったムードが教室に漂う。 男と友人は、教室の隅で話していた。 「あと1ヶ月で卒業だな」 彼は人付き合いが苦手な男にとって、唯一心を許せる親友だ。漫画を書くきっかけとなった人物で、その繊細な描写はプロに匹敵すると男は考えていた。 「せっかくだしさ、俺らも陽キャっぽいことしようぜ」 男の友人はそう言うと太陽のように笑った。その笑顔は、所謂陰キャと呼ばれる人物とは思えない。 お前は凄いよ。もう陽キャだよ。 そう内心思いながらも、男は訊ねる。 「何をするの」 親友は無邪気な少年を連想させる笑顔を向けたまま言った。 「卒業旅行!」 友人は学校帰りに男の家に寄り、直接男の両親に頭を下げた。 その真摯な態度が好感を生まない訳がなく、無事卒業旅行に行けるようになった。 今までほとんど使わなかったお年玉貯金を使い、2人で1泊2日の旅行だ。友人はアルバイト代を使うようだ。 隣の県だが、男達が住んでいる地域と比べると都会だった。 電車を乗り換え、バスを使って向かうのだ。2人とも行きたいと言っていた都市だが、男は勉強と漫画に追われて行けず、友人はアルバイトと補習に追われて行けなかった。 もちろん友人は心待ちにしていた。 友人は、旅行のしおりを作り、男に渡した。 小学生か。 そう思いながらしおりを開く。 挿絵もしっかり書き込んであり、熱の入り方が尋常ではなかった。 それを見た男も、期待に胸を膨らませていた。 そして当日。駅で待ち合わせだ。 男が駅に着いた時、友人はもう駅に着いていた。 男の荷物の2倍はあるだろうか、1泊2日の旅行にしては大きいキャリーケースを脇に置き、辺りを見渡していた。男が近づくのを確認すると、笑顔で手を振る。 「おっ、来たか!」 「うん」 「おいおい!もっと楽しもうぜ!旅行なんだからさ!」 いつも以上の笑顔を見て、男も頬が緩む。 駅の中にあるコンビニでおやつや飲み物を買い、ホームに向かう。 コンビニが混んでいたせいもあり、乗ろうとしていた電車は過ぎてしまっていた。 「ごめん、予定狂っちゃった」 男は、罪悪感から顔が曇る。その曇りを晴らすように、友人は笑った。 「楽しもうって!10分経ったら電車来るからさ!」 本当に、心が暖かくなる笑顔だった。 「ありがとう」 「おう!」 男と友人は1番前で電車を待つ。 その間に、今までの思い出や、未来について話した。 4月からは学部は違うが同じ大学に通う。 大学に入ってやりたいこと、漫画サークルがあること、彼女を作ること。 話していたら、あっという間に時間が流れた。電車が来るアナウンスがホームを流れる。 「電車、見えてきたね」 「そうだな」 そこからはあっという間だった。 男より1歩前に立っていた友人。 その両肩に向かって、後ろから手が伸びる。 なんだ? 疑問を解消するように、友人が前のめりになる。 え? 男が手を伸ばすも、何も掴めない。 友人の顔は見えない。視界に、スーツを着た男性が倒れ込むのが見えた。 友人はホームに、電車に吸い寄せられ。 電車が通過した。 友人は、吸い込まれたままだ。 身体が自分のものではないように、勝手に嘔吐する。勝手に震える。座り込む。涙を流す。 あ、あ、と言葉にならない声を出す。 そこで、男の記憶は途切れてしまった。 モノクロの笑顔。白黒の太陽。太陽は花に囲まれて、白黒に身を包んだ人達の前に置いてあった。 涙は出なくなった。出し尽くしたようだ。 機械的に、教えられた作法を済まし、席に戻る。 席に着く前に、女性と目が合った。目を逸らされた。 口が動くのが見えた。耳に声が入ってきた。 か細い声だ。 友人の為に唱える言葉を掻い潜り、その言葉は男の耳に入った。 「旅行になんて行かせるんじゃなかった」 その言葉は耳に入り、脳内を侵食する。 ああ。 僕が悪いようだ。 僕は何をしたんだろう。 そうか、電車を遅らせた。 それに、一緒に旅行に行ったから。 あの時断れば良かったんだ。 旅行なんて。 一生行くものか。
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