「うああああああっ!」 くそっ! なんてことだ……。 戦闘中にドラゴンの激しい体当たりから仲間をかばって、ガケから足を踏み外してしまった俺。 俺の体はパラパラと落ちて来る小石と共に、どんどん下に下へと落下していく……。 遥か下には真っ赤な溶岩が奔流となり、ドロリとまるで生き物の様に蠢いている……。 「シオーーーーーー!」 頭上を見上げると、はるか真上からは彼女の悲痛に叫ぶ声が聞こえてくる……。 く、くそっ、こんな所で死ねるかよっ! 「おおっ! こ、こなくそっ!」 俺は気合と共に渾身の力を込め、右手に持っていたバスターソードを壁に突き刺そうとするが……鈍い金属音と共に弾かれてしまう……。 「くそっ! くそっ! くそおおおおおっ!」 何回目のチャレンジだろうか……? なんと、俺の剣はパキン……という鈍い音共に砕けちってしまったのだ……。 こうしている間にもどんどん落下していく俺の体。 ああ……くそ……俺の黒髪短髪なのに結構なびいてんな……。 彼女から誕生日に買ってもらった水色の氷の精霊のマントもハタハタとなびいている……。 昨日防具屋に買いに行った、このミスリン銀の軽い鎧。 俺は胸元の金属を触る……。 まだこの鎧の借金も返してないってのに……。 そして彼女との楽しい思い出がまるで走馬灯の様に蘇ってくる……。 それと同時に真っ赤な溶岩にドプリと飲まれる俺の体……。 沈んでいく体と共に意識も徐々に沈んでいく……。 ……。 「……し? もしもーし?」 何やら騒がしい……。 「……ん?」 地面に寝ていた俺は急いで飛び起きる! うん……手あるし、足もある……。 俺は腰元に手をやり、鞘からバスターソードをスラリと引き抜く……。 あれ? 折れてなかったっけ? 「あのー無視しないでもらえます? おはよーございます!」 声がする方向に視線を向ける。 シルクのような銀色の長髪に、きりっとした眉毛に整った顔立ち。 アクアマリンのような透き通った瞳……。 まるで女神のような慈愛に満ちた優しい眼差しと、ややぷっくりとほほに唇……。 ……ああ、彼女だ……。 「お前なあ、その言い方他人行儀すぎるだろ! エル!」 俺は彼女の頭をコツンと軽く叩き、ほっと胸をなでおろす……。 良かった夢だったんだ……。 しかし、ここは何処なんだろう? 「……んー確かに私の通称はエルですが、フルネームだとザドキエルですよー? 多分あなたの知っている人と同姓同名だと思いますよ?」 頬をぷっくりと膨らませ困った顔をしている彼女。 良く見ると、確かにエルと違いゆったりとした白いローブを着ている。 ……それに。 「えっ? ああああああああっ⁈」 ……そう彼女の背中には6つの純白の羽が生えていたのである。 ど、どおいう事だこれは? 俺は慌てて周囲を見回す……。 するとザドキエルと名乗る彼女と似たような存在がちらほらと散見されるではないか……。 それに周囲を良く見ると、足元には白い雲のような地面? 踏むと少しふわふわする不思議な感じ。 そして、その白い不思議な空間が何処までも広がっているのだ。 たまに俺と同じような人間も見かけるが……。 「な、なあ……。 ここもしかして俗にいう天国って奴か?」 俺は隣に立っているザドキエルに尋ねる。 「いーえ、違いますよー? ここはルハリオン。勇敢に戦って散っていった者を選定する場所になりまーす! 貴方はこの私に選ばれし100人目の気高き魂なのでーす!」 「何? ど、どおいうことだ?」 「んーこれから私が選定者ミカエラ様の元に連れて行ってー、合格出来たら貴方の言う天国にいけるのです!」 「は? はああああああああああああああああっ?」 俺の絶叫がルハリオンに静かにこだまする。 「い、いや……俺まだ死ねないんだ。借金残ってるし……愛しい彼女に会いたいし……」 「えー……? そんなこと言われてもですね。私にも都合があるんですが……。それに生き返るとしたら色んな場所の試練を通過しないといけませんよ?」 「生き返る方法があるならこの通りだっ!」 俺は両手を合わせ必死になって彼女に懇願する。 「んー……いいですが条件があります」 「なんだ?」 「面白そうなので私も連れて行ってくださいっ!」 ニッコリと笑顔の彼女。 ふざけるな! と言いたいところだったが、そもそも道案内がいないと俺には何も出来ないので残念ながら俺には選択肢が無かった……。 「……いいけどちゃんと道案内頼むぞ……?」 「はいはーい!」 彼女は天使だが小悪魔のような笑みを浮かべ、両手を上げて喜ぶのだった……。 まあ、エルに似てるし……いいかなと不覚にも思う俺だった。 「じゃ、早速行きましょうか!」 元気いっぱいのザドキエルは右腕を高々と上げ、ふわふわとした雲のような地面を小走りしていく。 それにつられ彼女の背中の6枚の羽根も、ふわりふわりと揺れている……。 はは……元気だな。 こんな分からない場所では、彼女のこの明るさに救われる。 「えっと……。ちなみに何処へ?」 「ミカエラ様のとこへですー」 ……確かさっきの話で出た彼女の上司だったな……。 「その方は俺の復活の為に何か試練めいたものを俺達に授けてくれるのかな?」 「いえ? 違いますよー?」 彼女は人差し指を前に並んでいる人達に向ける。 「この人達と一緒に並んでミカエラ様に天国に連れて行ってもらうのです!」 「なるほどー天国にね……。じゃあ……っていかねぇーってさっき言ったばっかりだろうがっ!」 俺はしれっと天国に連れて行こうとする彼女に、怒りの声をぶちまける。 「んーめんどくさくなりましたっ!」 邪険なしにストレートな意見を俺にぶつけるザドキエルさん……。 いや、意見はストレートだが俺的には完全にアウトだからなっ! おいコラ! てへぺろして誤魔化そうとしているけどダメ! 絶対ダメ! 「んー……。仕方無いですねえ……。ついて来てください」 彼女はしぶしぶと別の道に俺を連れて行く。 「おう! 今度はちゃんと頼むぞ!」 「はい! 任せてついて来てください!」 いや……まかせらんねえ……。 今のやり取りで俺のザドキエルに対する信用は完全にマイナス寄りだ……。 「大丈夫です! 今度は真面目にやります!」 「いや……最初から真面目にヤロウヨ……?」 「……えっとですねえ……。今から3つの大きな試練を貴方に体験してもらいます」 ……無視かよ……。 「……試練は小、中、大の3段階の難易度があり順序よくクリアしていってもらいますっ!」 「なるほど……分かりやすいな」 「はい! じゃ私について来てくださいっ! ルンタッタ、ルンタッタ……」 彼女は軽快にスキップしながら俺を先導していく……。 す、すっげー不安だ……。 「えっとですねー……。ここから右にしばらく行きますよっと……。」 それから数時間後……。 進むたびに視界に霧がかかってくる……。 なんかすっごい霧がかった所に出てきたけど、大丈夫かなこれ? もう真っ白で前も見えないんですけど! 「アレ? んー……道間違っちゃいましたねえ……? 逆の左だったかな?」 「え? どうなんの?」 「まあ、大丈夫ですよ! 少し手順が変わっていきなり大の試練につきそうなだけですから!」 彼女の元気な声が周囲に鳴り響く……。 そっかー……まあ少し手順が変わるくらいならって……。 「ぜ、全然だめじゃねーか! おまっ……どーすんだよ!」 「大丈夫いけますって!」 俺の不安は残念ながら的中してしまった……。 いけなかった場合、天国に行けそうなとこが正直怖いしシャレにもならん……。 「はいそこ不安にならない! シャキシャキ行くよー!」 彼女は俺の不安を無視するように俺の手を掴むと、グイグイと引っ張りながら、試練に向かって進んでいく……。 しばらくして……。 「つきましたー! ここでーす! この赤い扉をくぐってくださーい!」 俺達の目の前にはまるで溶岩のように赤い巨大なトビラが立ちふさがっていた……。 ふ、不安だ……。 「えっと、この扉をくぐるとどうなんの?」 「今まで体験した最大の試練が貴方を待っています!」 ま、まじか……。 まあしかし、遅かれ早かれ、くぐるんだったらサッサとクリアした方がいいのは確かだよな……。 俺は緊張しながらその赤いトビラを開ける……。 「頑張ってくださいね……」 ザドキエルの可愛らしい声が聞こえると同時に俺は……。 意識が遠のき、視界が真っ白になる……。 ……。 「シオーーーーーー!」 え? 俺は声が聞こえる真上を見上げる! この姿と声は……エル? ってアレ? 俺の体なんか落下していないか? バタバタとはためいている俺のマント。 もしかして……。 下を急いで覗くと、ドロリとした真っ赤な溶岩の奔流が見える! ま、間違いないっ! これはザドキエルに会う、溶岩の中に落ちる前の……。 く、くそっ! 「どりぁああ―!」 俺は腰に下げているバスターソードを素早く抜き、真正面の壁に突き刺す! 今度は剣が折れても心はおらねえっ! 剣が折れたら手で岩にしがみついて崖を上り切ってやるっ! ガスッ! という音と共に一回目であっさり割れ目に突き刺さる! ありゃ? ……死ぬ前は気合が足りなかったのかな? まあいいや……このままよじ登って行こう……。 俺は上に登れる安全ルートを確かめながら、少しずつではあるが上へ上へと徐々に上って行く……。 それからしばらくして……。 「シオ!」 彼女の声だ……。 よし、ということは後少しだ……。 「エル!」 俺は片手を真上に精一杯伸ばす。 そして俺の手は掴まれ、俺の体は崖の上にドサリと投げ出される……。 俺は両手で地面のジャリジャリとした感触を確かめる。 ああ……帰ってきたんだ俺は……。 多分難易度が高い試練だったから一発で帰還出来たのだろう……。 「シオ!」 俺の目の前にはエルが立っている……。 俺は立ち上がると思わず彼女に抱き着く……。 そして真っ白になる視界……。 「シオ……」 彼女はうるんだ瞳で俺を見てキスをねだる……。 そう言えば俺は彼女とキスをしたことが無かった……。 いや、俺が我慢してしなかったのだ。 付き合って数年……。 数か月先の彼女の誕生日に告白してって決めていたから……。 しかし、そんな事は今はもうどうでも良かった……。 俺は自分の唇を彼女の柔らかい唇に優しく重ねる……。 そして……。 俺は嬉しくて愛おしくて彼女の体の感触を確かめる……。 この銀色の柔らかい髪……。 そしてこの背中にある羽毛のように柔らかい羽根……。 ……。 羽? 俺は急いで彼女から体を引き離す。 「……あ、あのおめでとうございます……。 初試練のクリアに初キッス……」 照れくさそうに顔を赤らめて俺の前でもじもじしているのはエルではなく、なんとザドキエルだったのである! 「うっそおおおおおおおおおおおおおおお!」 俺は白い雲のようなふわふわとした地面にへたり込み絶叫していた。
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