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つ・ま・ら・な・い。 ほんとうにそう、思う。   仕事そのものは楽しんでいる。学生時代も勉強するのは、嫌ではなかった。むしろ、好きなほうだったと思う。 おかげで一流と言われる大学に合格したし、そこそこ有名な企業に就職もできた。 配属された営業部でも、常に上位の成績を残せている。 けれど『ただそれだけ』   周囲…親や担任からは「もう少し頑張ったら、もっといい学校に行けるのに」と、いわれ続けていたが、無駄な努力はしたくなかった。 そんなものは面倒くさいだけ。   仕事もそうだ。 上司は「残念だったな、大和(やまと)。あと一件でお前がトップだったのにな。来月は頑張れよ」   …知ったことかよ。 いい成績残したところで、手柄は上司のもので、俺にはせいぜい部長の『お褒めと激励のお言葉』が与えられるくらいだ。   それでも異動になるまでは、せめてもの癒しがあったから、仕事に行く楽しみもあったが。 今はただ、毎日淡々と仕事をするだけ。 他人のせいにしたくないが、異動の遠因のひとつは、名前のせいだ…いや、それでもやっぱり自分が悪いのか。     ********************   「あれ?立花さん。なんか良い匂いするけど、香水つけてる?」 出社してきた安藤さんが、デスクにつくなり鼻をクンクンとさせて、私に聞いてきた。 「おはようございます。…そんなににおいますか?ひさしぶりにつけたから、つけすぎちゃったかも」 「ううん。近くに来たらふわっと感じるくらいだから大丈夫よ。爽やかないい香りね」 「ありがとうございます。旅行先で見かけて、テスター嗅いだら気に入ったので、つい買っちゃって…コロンとか、あまりつけない方なのに」 「素敵な香りよ。グリーン系でもないみたいだけど…?」 「これ、オリーブが原料らしいんですよ。以前は、甘い香りも好きだったんですけど。最近はなんか違うな~って」 「そっか。でも似合ってるよ。立花さんらしいっていうか」 好きな香りを褒めてもらえるのって嬉しい。ひさびさにつけてきてよかった。   「そういえば、話は変わるけど。いまさらだけど、立花さんの下の名前って、なんていうの?」 私は一瞬詰まって、答えた。 「かおる…です。ひらがなで」 「かおるさんっていうのね。素敵な名前じゃない」 「でも」 「でも?」 「フルネームだとちょっと…」 「どうして?『たちばな かおる』すてきよ」 「…子供のとき、端午の節句のころになると、いつもからかわれていたんです。こいのぼりの歌で」 「あ…歌詞」 「はい」 「でも可愛いからいいじゃない」 安藤さんはにっこり笑って続けた。   「私より、いいわよ」 「安藤さんはお名前、なんておしゃるんですか?」 「私は『夏美』よ。夏至の日に生まれたから…フルネームで言ってみたらわかるわ」 「安藤夏美さん…あ!」 「ね。おかげで子供のころのあだ名は、ドーナツよ」そういってけらけらと笑った。  
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